「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

深海

深海/Mr.Children
¥3,059
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ミスチルの最高傑作という人も多い『深海』。 ミスチルが一番とがっていた時期。 『シーラカンス』の完成度が半端じゃない。 出だしからめちゃくちゃカッコいい。 諦観と絶望と疲労感が混在しているコードストローク。 コードを構成している音が上がっていってもベース音が留まっている感じが、聴いている者の心を深海に沈ませる。 そして、歌の出だし。 ある人は言う いきなり高音のラから始まり、沈んでいく。また上がり沈んでいく。 詞もさることながら、メロディすらも深海をもがき苦しんでいるようだ。 なぜ、「シーラカンス」なのか。なぜ「あんこう」じゃいけないのか。 それは、一度絶滅したと信じられていた生き物だから、だと思う。 あらゆる価値や意味は『この現代に渦巻くメガやビットの海の中で』既に絶滅したのである。 神は死んだ、『君は滅びた』、というのが思考の行きつく先であるから。 「シーラカンス」は、「意味、価値よ、もう一度蘇れ」という希望を表象しているのである。 だから 僕の心の中に君が確かに住んでいたような気さえもするのである。 僕の愛する人の中に君を探してしまうのである。 『深海』は『シーラカンス』をメジャーコードで歌いなおした曲だと思う。 迫力的には『シーラカンス』には叶わないけど、櫻井さんは『深海』で締めくくりたかったんだと思う。 『シーラカンス』だけでは投げっぱなしな気がしたのかもしれない。 でも『シーラカンス』のテーマはどこまでも正しい。正しすぎるくらい正しい。どこに着地できるんだろう、というくらい複雑で回答のないテーマだ。 だから『深海』でも回収できていない。というか、正面から回収出来るわけがないのである。 でも、深海でもがいている様は分かる。もがき続ける意志を強く感じることが出来る。 このころのミスチルは暗くて重苦しい曲ばかりなのに、ヒット曲を連発出来たのは何故だろう。 端的にメロディと演奏とボーカルが優れていたからだろうか。 マーケティングが成功したからだろうか。 ちょっと理解できないんだよね。