「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

エミリーローズ

エミリー・ローズ デラックス・コレクターズ・エディション [DVD]/ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
¥4,179
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実際にあった裁判を元にしたホラー映画。 エミリーローズなる女子大生が狂気の末に死にいたった経緯を裁判の形式で明らかにしていく。 片田舎から大学に進学したエミリー。ボーイフレンドもおり、順風満帆な学生生活を送る。だが、ある日、全てが一変する。寝ている時に誰かから首を絞められたように苦しくなり、その後も、悪魔に襲われるようになる。病院で薬を貰うが良くならないため、家族に相談し、神父さんに悪魔払いをしてもらうことにする。医療措置を一切止め、悪魔払いの儀式をするが、具合は良くならず。食事を取らないまま、自傷行為を続け、治癒能力が間に合わず、死に至る・・・。 容疑者は神父。神父は悪魔の仕業で、打つ手はなかったと主張する。証拠は、自分が悪魔を見た、ということや、エミリーが突然外国語を話した、などの超常現象。神父としては最善は尽くしたとのこと。 検事は、エミリーの症状は悪魔憑きではなく、精神病だったと主張し、適切な医療措置を受けさせなかったとして神父を刑事告訴する。 午前3時に時計が止まったり、人々の顔が悪魔に変わったり、バカバカしい演出で怖がらせようとする方向性は大失敗な映画だけど、テーマとしては非常に面白かった。 この悪魔vs精神病の裁判は宗教vs科学の裁判なのだ。 精神病にも無数の症例があり、これだ、と医者が全てを言いきれる訳ではない。あくまで、「今までこういう症例の患者がいて、薬(科学)の力で治った例がある」と言えるだけだ。 それに対してキリスト教を信仰をする神父および患者とその家族は「これは悪魔だ!」と断言する。 こうなるともう議論は平行線である。 科学でも、もはや解明できない。生きていて、もっと研究をする時間があったら、病気と認定できたかもしれない。でも、もう死んでしまったのだから、証明もできないし、反証を挙げることも無意味だ。 裁判は一見、科学の圧倒的優位に見える。どう見ても精神病にしか見えない(そういう演出なのだろう) でも、この裁判は、命を科学の力で制御しようとする試みよりも、死を手繰りよせることになった悪魔信仰を重くみた。 この映画をみてフーコーの『監獄の誕生』を思い出した。狂人はかつては『非人間』であり、或る意味では聖性を帯びていた。だが、近代の精神分析が、彼らを客体化し、自由を与え、人間世界の明るみに出すことに成功した。これ以降の狂人(悪魔憑き)は精神病患者として人間界に閉じ込められることになった。 こういった人間的な世界へ巻き込んでいく力は生権力と術語化された。 だが、エミリーはこの生権力から逃れた。生権力によって人間世界の内に取りこまれながらマージナルな存在でいることから逃れた。人間であることから逃れた。 この裁判は、人間が人間であることを逃れる、という信仰を肯定した裁判である。 これが認められれば、もう裁判なんてシステムは破綻してしまうのではないかな。 だって、科学的な方法論で正否を決める、っていうのは被告原告が唯一同意署名したルールなのだから。 法学の世界ではめちゃくちゃ議論されていると思うけど、どうなんでしょう、