「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

僕等がいた 後篇

前半の感動を引きずりながら公開初日の後篇を鑑賞した。 以下ネタばれ含む感想 感情移入出来る箇所一個もなし。 個人的には、高橋と矢野がそのまま別々の道を生きていって欲しかった。たしかに今歩いている道は違うけど、確かにあの日あの時『僕等がいた』という綺麗な終わり方しかないと思っていた。 もちろん、前半のあの無償の愛を見た後なら、二人に結ばれてほしいと思うけど。 後半、高橋は竹内君と同棲しているのである。 そこで彼女の気持ちはもうブレていると僕は思う(ここが違うの?)どんなことがあっても一生矢野を思い続けると、あのホームで誓ったのならば、竹内君と一緒に住んだりしないし、プロポーズされるような関係まで引きずったりしないと思う。 だから、彼女は竹内君に魅かれていたと考えるしかない。でも、そのタイミングで矢野が姿を現してしまった。あの日、あの時も気持ちを思い出してしまった、手を伸ばせば触れられるところに、あんなに憧れた愛がある・・・また彼女の気持ちが揺らいでしまった。 矢野も矢野で、山本をきれいさっぱり記憶から消し去ろうとした自分と母親を記憶から消してしまった父親を重ねてしまい、決して母親にとっての父親のような人間にはなるまい、と思い悲痛な思いで山本と一緒になったに違いない。どんな理由があって、高橋に戻ったのだ・・・どんな理由があって高橋に戻るまでに時間がかかったのだ・・・。 山本も大学も母親も捨てて、一緒になりたかった男を、母親を喪失した瞬間、手放すことができたのは何故なのだろう。なぜ、あの場で矢野の背中を押せるほど成長したのだろう。 千間寺はプロポーズの相談まで受けていた親友の彼氏と付き合って平気な顔していられるの? とまぁ、登場人物の選んだ決断がことごとく共感できなかったので、涙したり感動したりすることはなかった。 し、か、し、人々の行動に共感しようなどと非常におこがましいことかもしれない。 彼らの置かれた状況や気持ちなど完全に理解できる人などいないのだから・・・とかリアルに考えると、もうどんな話でも受け入れようという気になる。そういう意味では、非常にリアルな話なのかもしれない。 物語然とし過ぎない。首尾一貫していない。付和雷同する人間の心を描いていると言えるかもしれない。 ただ、音楽は非常に良かった。BGMも綺麗だし、何よりミスチルの主題歌である。 前半はド直球のバラードだけど、後半は少し手の込んだ沈み込むようなポップテイスト。 聴けば聴くほど、この映画の結末をうまく表現している気がする。 浮き沈み激しく、どちらに落ち着くか判らないメロディライン、喉を切り裂くようなサビの高音。 後悔や心の痛みが何度も胸に蘇ってくる中、やっと見つけた小さな希望を、もう決して手放すまいという力強い思いが伝わってくる。 最後の東京の思い出を作るシーン・・・恵比寿ガーデンプレイスで『がんばれー!』と叫ぶ高橋の姿と声が頭を離れない。 あれはすごく良いシーンだった。 愛って、こういうことだろうな、と感じさせる言葉と表情だった。 それだけでも、観る価値はある。