「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

パレード

パレード (初回限定生産) [DVD]/藤原竜也,香里奈,貫地谷しほり
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ルームシェアをしている4人の若者の生活に漂う無為で退廃的な空気、その中に一人の異物が紛れ込んだ時、安定が崩される・・・ 的なストーリーなんだけど、どうもしっくりこなかった。 まず、最初の4人の表層的な関係なんて、描くに値しないくらい、当たり前のことのように感じた。最近の若者を風刺しているのなら、僕はまさに最近の若者的な空気の中で生活してきたのかもしれない。 人前で泣かないとか弱みを見せないとか、楽しいことだけ、上っ面だけ付き合ってみる、とかそんなの当たり前である。それが人間関係だ。家族にしろ同居人にしろ、それぞれに魅せる顔があるに決まっている。なぜなら、相対するその人の顔がまさしく対峙している自分を定義するのだから。 そしてキーパーソンであるサトルのキャラも意味不明。別に出てこなくても良いんじゃない? 殺人事件は彼が原因で引き起こされた訳じゃないし。女の家に忍び込んだ理由も良く判らんし。 未来はサトルが犯人じゃないか、と心配したりしているし。それって上辺だけの人間関係をよしとする彼らの流儀から外れてるんじゃないの?? 最後に、シリアルキラーである彼が、全てを知りながらも上辺だけの明るい関係を続けていこうとする彼らに恐怖するのも完全に矛盾している。だって、現に彼は、人を殺しながら平気な顔して帰ってきてたのである。女性を殴り殺した帰りに、彼らの軽い悩み事を聞いていたのである。あなたが、真実を隠して上辺を着飾って生きてきた張本人ではないか。その手に関しては、あなたが一番上手に振る舞ってきたではないか。「確たる証拠はないけど、たぶんそうだと思う、でも、めんどくさいからその話には触れず今までの軽い関係でいつづけたい」と振る舞う彼らがどうして彼の眼に恐ろしく映るのだろう。全くその視点に想像がつかない。毎日何の疑問も感じず、みんなで楽しく生きていたその裏には、他の人々を地獄に追いやるような搾取構造が隠れていて、今それに気づいてしまった。自分は彼らと共犯関係にあるが、彼らはそれを知っていながら悪びれもせず、明るく楽しく振る舞おうとする、という構造ならば、その不気味さは主人公の視座から共感を読みとることができる。ひぐらしの圭一的ポジション、告白のウェルテル的ポジションである。でも、この物語は違う。シリアルキラーが圧倒的に悪過ぎる。 そして最後の軽蔑したような眼・・・あれで台無し。あそこは笑っていなきゃ意味がない。あの目は告発の眼であるから。言葉を発していないだけで、触れてはいけない部分に触れようとしている眼であるから。 何も言わない、何も見ない、さぁ楽しい話をしよう、でなくては怖くも何ともない。 駄作だと僕は思う。 世間的な評価は良いらしいけどね。