「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

八日目の蝉

八日目の蝉 $ニセモノ ヒューマン・サスペンスの最高峰と銘打ってあったけど、まさにその通りの作品だった。 これは頂点と言って良い。 これほどの作品を僕は知らない。 本では愛人の娘を誘拐した希和子を中心とした物語が一章。20年後、その娘、恵梨奈の成長の物語が2章という構成になっているらしいけど、映画は、厳密なわかれ方をしていない。 希和子と成長した恵梨奈の物語がそれぞれ時系列に沿って進む。東へ東へと逃げる希和子とその思い出の地を辿る恵梨奈。それぞれの旅で待ち受けている運命とは・・・。 僕はエログロ小説や映画を好んで読む人間なので、よっぽどの映像や音声じゃ、なんとも思わないんだけど、この映画は、今までのどんな映画よりも目をそむけたくなるシーンが多かった。 最初は誘拐した赤ちゃんがホテルで泣き叫ぶシーン。希和子の絶望感と赤ちゃんの身勝手さに胸が締め付けられる。それにあの泣き声・・・・。もうほんっとに無理だった。チェーンソーで八つ裂きにされる音とかは平気なのに赤ちゃんの泣き声は耐えられない自分を知った。 中盤の劇団ひとり井上真央のラブシーン。井上真央キッズウォーからのファンだし、朝ドラの『おひさま』も欠かさず見てるくらい大好きなのだ。なのに、こんな男にこんないやらしいことされちゃって・・・。うらやましすぎて気絶するかと思った。 そして、最後の小豆島のシーン。過去と現在が並行して進んでいくわけだから、我々は、この逃亡劇の結末を知ってしまっているのである。彼女らが引き裂かれる運命を知っていながら、彼女らの生活のひとつひとつを体感し、応援し、憤怒し、歓喜し、安堵する。頭の片隅には「この生活がいつまでも続くわけがないのに」という諦観が離れることはない。これは希和子も同じ気持ちなのだろうかと感じながら・・・。 こんなに残酷な話があるだろうか。こんなに幸せな親子を何故引き裂くんだ。島の人々は親切で、ささやかながら、楽しく生きていけるではないか。いろんな綺麗なものをみて、いろんな美味しいモノをたべて、お互いがお互いを必要としながら、小さな宇宙を作っている。どうか二人をそっとしておいてください。と願う人がいる一方で、「いや、お腹を痛んで生んだ母親の気持ちを考えてみろ」ともう一人が語りかけてくる。この母親は4年間、絶望の中、悪夢に苦しみ、地獄のような日々を過ごしてきたのである。実の娘は一人しかいない、誰も代役なんてできない、4歳まで過ごした経験が、彼女の身体感受性や思考回路を形作るのである、もう二度と戻ってこないのである。それをあの女に奪われてしまったのだから。 この物語を観ながら、社会的な人間観と動物的な人間観の対立に直面する。これは人間社会に伏流しているアポリアなのだ、と気付かされる、そして、あなたはどう考えるの?と回答を迫られるのである。 一体、母親というのは何なんだろう・・・どちらが正しいのだろう。希和子は法的には罪を犯したし、生みの親には恨まれてしかるべきかもしれないけど、誰も憎むことができないのは何故だろう。ただ、目の前の子どもに無償の愛をささげ、全てを投げ捨てた、彼女はまぎれもなく母親だった。ただ、それだけでは何故いけないんだろう。 誰も悪いとは思えない、でもそこには厳然と悲劇が存在した。4歳まで幸せに生きていた完璧だった小さな宇宙を全て壊され、人格を新しく形成せざるを得なくなった悲劇が彼女の表情から伺える。子供は戻ってきても幸せな母子をつくることはもうできなかった。母親は、やり直したかった。でもその4年間の愛情を消そうとすればするほど、溝が深くなっていった。娘はそれに気がついた。目の前の母親を愛すために、過去の母親を憎むしかなかった。でも、辛かった。だから、ただ家を離れたかった。 旅の最後に彼女が見つけたものは、母親への愛情だった。4歳まで育ててくれた母親を愛していたことを思い出した。そのことで、母子の愛情を自分が肌身で感じ取っていたことをも思い出すことができた。ただ、無性に愛したくなる存在が自分にも出来たことで、生みの親への愛情が確かにあることにも気付いた。 それが「もう私・・・この子が好きだ・・・」という笑顔と涙の意味なのではないか。 この二重三重にもなっている愛のプロセスが上記に対する回答なのではないか、僕たちはこれ以上の結末を持てないんじゃないか、と思う。 素晴らしい以上の言葉が浮かばない。 母子とはかくも素晴らしいのだなぁ。 希和子が公園で薫と寝そべっていたシーン、祭りで「とーもせとーもせ」と言いながら歩いた段々畑の道。 あれは母子の原風景。 確かにあった幸せの時間。 誰も忘れられないワンシーン。 永作博美が最高に可愛かった。 小池栄子は演劇の天才。絶対大女優になる。 出演する男は腑抜けで自分勝手で優柔不断でクソ野郎ばっかり。でも現実も本当にその通りだから、あの通り以外に描きようがない。 薫役の子は超可愛かった。娘が欲しくなった。 井上真央は大好き。最後の笑顔は映画史に残る最高の演技。 完璧な映画でした。 涙が止まりませんでした。 三日経っても余韻が残っています。 間違いなく最高傑作です。