「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

博士と彼女のセオリー

天才物理学者ホーキング博士の半生を描いた映画です。私が小学生の時、ホーキング博士の本が話題になって、その風貌があまりにショッキングだったのをはっきり覚えています。小学校高学年〜中学くらいまでの男子はみんな一度は宇宙に興味を持つものですが、例に漏れず私もNewtonに挑戦して、わかったような顔して次の日友達にあることないこと話したりしていました。そしてほとんどの人は高校物理に訳わからなさに文系へ方向転換していくのですが・・・。

さて、映画の話。少年時代、誰もが憧れたホーキング博士の人生がこんなにも複雑で難解なものだったとは想像だにしていませんでした。原題は「the theory of everything」、博士が生涯をかけて解明しようとしているこの世の全てを説明する定理。でも邦題は「博士と彼女のセオリー」、映画の内容から言って、間違いなく邦題の方が適切で、博士の人生の難解さを表現していると思います。

「現実は小説よりも奇なり」というけれど、この映画がまさにそれ。今まで見たあらゆる創作されたラブストーリーよりもこの現実の方が圧倒的に奇怪で困難で考え深い。好きだから一緒にいたい、愛があればなんでも乗り越えられる、と思う一瞬はあります、確かにある。でも現実は、そんな一瞬ではビクともしない、恐ろしいほど長い長い上り坂なのだ。お金がないとご飯も食べられないし、身体が動かなければ誰かに頼まなくてはならないし、体調が悪い時も相手にあわせなくてはならないし、自分の感情も相手の感情も刻一刻と変化してしまう、そしてそれを知る術はない。そんな現実を前に、博士と彼女が下した決断は物語としては、あまりに寂しいが、現実として一筋の希望を孕んでいるようにも見える。

最後に時間を巻き戻していく映像がかなり切ないです。果たして、時間の巻き戻しは何を意味しているのだろう。たぶん、あの一瞬。確かにあったあの一瞬、それだけで二人の愛は確かであるということ。少なくとも私はそう思う。その一瞬で十分だ。宇宙の全ては、一瞬から始まったのだから。