「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

観てはいけない映画『モンスター』

どこのレンタル屋にも必ず数枚置いてあって、手に取って棚に戻した事のある人は沢山いるんじゃないかと思います。いずれ観ることになったと思いますが、観てしまいました。そして、記憶を消したいくらい観たことを後悔しています。

この映画は、アメリカ犯罪史上に残るシリアルキラーを描いた真実の物語です。何もかもうまくいかずに死を決意した娼婦が”愛”を知った時、さらなる悲劇が爆発的に広がる救いの全くないお話。

娼婦であるアイリーンは、毎日男の相手をして飲み代を稼いでいる娼婦。希望のない日々に嫌気がさし死を決意しますが、最後に立ち寄ったバーで、同性愛者として生きる事に苦悶しているセルビーと出会います。アイリーンは最初、セルビーを煙たがりますが、彼女のまっすぐな視線と純粋な好奇心に魅かれ始めます。アイリーンはセルビーに出会い初めて愛を知りました。彼女はセルビーと人生をやり直すためにお金が必要でした。しかし、次の日に出会った客が残虐なレイプ犯人だったのでした・・・。

シャーリーズセロンがアイリーンを演じているのですが、その変貌ぶりには驚愕します。アイリーンの容姿は非常に醜いのです。ただ不美人である、というだけでなく生活の廃れ具合が皮膚や姿勢に現れていて醜いのです。身体は弛み、口角は下がり、喋っている時の表情はいつも人を疑い自分に飽きれているかのようです。堅気に生きることも出来ず、社会に馴染むことも出来ず、優しさに触れることも出来ず、愛してもらう事も出来ず、自分を許す事も出来ない。アイリーンという存在を鑑賞している、ただそれだけで気が滅入ってくる、それがこの映画の恐ろしいところです。

そして、アイリーンは破滅に向かって突っ走ります。誰も止められない。誰が悪いのかも分からない。たしかにアイリーンは人殺しです。殺したのはほとんど彼女を買おうとした下衆な連中でしたが、人を何人も殺しました。彼女の人生をここまで転落させたのは元はと言えば、父親であり父親の友人でした。でも、彼らは何のとがめもなくどこかでのうのうと生きています。さらに彼女は彼女を救おうとしてくれた老紳士さえ殺してしまいました。セルビーと生きていくために。愛を知ってしまったゆえに。それでも、最後に彼女はセルビーに裏切られることによって、死刑を宣告されました。ただ一人の人間を信じられる人生を送りたかったゆえに犯した殺人。その罪を愛する人間によって告発されたアイリーン。

この映画を観た時のぬぐってもぬぐっても消えない不快感は、きっと自分の中に”モンスター”を見つけてしまうからなのでしょう。”悪の教典”や”羊達の沈黙”を観ても、ハスミンやレクターに全く共感できないがゆえに、”理解できない怪物”を観るための一歩引いた視点を保つことができます。でも、アイリーンはどこからどうみても普通の人間なのです。父親の裏切りに傷つき、売春のために自分が心を閉ざしているそのことをもう一人の自分が理解し、一人の人間を愛したいと願い、自らの罪に後悔し続けている人。誰もが持っている身体感受性を備えながら、誰もが得る事の出来るはずのものを得られなかった人。もし、自分がアイリーンの立場だったら、正気を保っていられるんだろうか。人を殺すなんて絶対にいけないことだ、と純粋な心で糾弾できるだろうか。そう自問した時、自分の中の”モンスター”を見つけてしまうことでしょう。この映画は”悪夢”です。観なくても良いはずの”悪夢”。知らんふりをしていても、どこかで遭遇してしまう”悪夢”。”愛”という感情を振りかざした途端、自らを食らい尽くす”悪夢”。そして、これは、本当は”悪夢”ではないと皆気づいているのです。