「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

26歳になったこととか

日記を書きます。 7月30日に誕生日を迎え、26歳になりました。 毎年誕生日になって思うことですが、26歳ってもっと大人だと思ってました。子供はいなくても、結婚くらいしてて、仕事も慣れてきて、何かひとつくらいこれだってものをみつけられていると・・・。 たしかに、仕事は慣れてきたのかもしれない、惰性という意味で・・・。でも、まだ結婚もしていないし、これを一生やっていくんだってものとも出会えていない。何も技術や知識を身につけていない。何もかも中途半端、ということだけは一貫性がある・・・。 でも、やっぱり勉強は好きなので、(というか好きな勉強をしたいので)、誕生日に電子辞書を買ってもらいました。。。親に・・・・26歳にもなって。親に買ってもらいました。まぁ、別に貰っちゃいけない訳じゃないし、甘えるところは甘えよう、母の日父の日にはちゃんとプレゼントしてるし、と思うことにしました。 さすがに、ケーキで祝うようなことはしなかったけど、まだまだ子供だなと思いました。 29日日曜日、一人暮らしの家に帰ってきて、あまりに暑いので、冷房を最強にして、裸で寝ました。それがイケなかった・・・。 30日朝、この日が誕生日なんだけど、起きてから身体に違和感。めちゃくちゃダルイ。冷房付けたまま寝たからだ!というか裸で寝たからだ!ものすごい身体が冷えておりました。でも、仕方ないので仕事へ行きました。あんまり身が入らなかったけど、なんとか頑張って、夕飯は誕生日なので一人で王将とシャレ込みました。栄養ドリンクを飲み8時に寝ました。木曜日から出張、土曜日には中小企業診断士の試験が控えていたのですから。 31日 この日は冷房を完全に消したまま寝ました。とにかく暑い。枚方の夏は半端じゃない。あまりに暑過ぎて脱水症状になる夢を見続けました。脱水少女というグループを結成する夢でした。汗だくだく、でも体調はすぐれない。会社に行けないほどではないから、頑張って行きました。でも、昼ごろから具合が悪くなり、会社の医務室に行きました。2000人以上働いている工場というだけあって、小さな町医者くらいの設備があり、うさんくさいお医者さんもいました。診てもらうと、夏風邪だといって、ロキソニン(解熱剤、痛み止め)と胃薬だけくれました。8月2日からのハードレースにたえるためには身体だけは万全にしとかなくてはなりません。僕の未来をこの胡散臭いお医者さんだけに任せていいものだろうかと不安になり、帰宅後、ちゃんとした病院に行きました。すると、冷房による夏風邪だろ、ってことで風邪薬をくれました。ロキソニンが対症療法だとすると、風邪薬はちゃんと元から直してくれそうだなとなんとなく安心し、その日も8時に寝ました。 8月1日 朝起きると、熱がありました。37.5度ほど。普通の人なら余裕で会社に行くのでしょうが、僕は風には超弱い+明日から出張、ということで、大事をとって休みました。午前中ずっと寝ていましたが、まったく良くなる気配がありません。むしろ、少し喉もいたくなって来ました。明日出張となると、朝5時に家を出なくてはならず、残すところ15時間を切ってきた、というところで、吹田の実家に行くことにしました。西方向に行くにも関わらず新大阪まで車で10分ほどの場所なので東京へ行く時は、実家の方が近いのです。枚方というところは困ったところですね。そして、実家から、再び近くの内科へ行きました。喉もいたいと言うと、のどの炎症を抑える薬もくれました。実家なので、ご飯やら布団やらの世話も全て母親がやってくれ、精神的な安静も得られ、ぐっすり眠れました。 8月2日 朝起きると、熱が38度ありました・・・。喉が猛烈に痛いのです。こんな体調で、出張をこなせるわけがないと思い、もう仕事はあきらめて休むことにしました。喉が痛いということは扁桃腺が腫れているに違いない、と思い耳鼻咽喉科に行きました。そこで診てもらうと、扁桃腺がものっすごい腫れているとのことです。今まで飲んできた薬を見せると「そんな薬で治るかいな」と突っ込まれました。この二日間は何だったのでしょう。インド旅行編でも書きましたが、旅行中も扁桃腺が腫れて高熱が出ていたのです。あれが5月ですから、たった3カ月前のことです。3カ月毎に扁桃腺で高熱出してたら、社会人(というか人間)やってらんないので、お医者さんに扁桃腺除去手術の相談もしました。このことは後日書きます、とりあえずは、いまここにある熱をどうするかです。強い抗生物質を貰い、お家で様子を見ることにしました。薬を飲み、寝る・・・寝る・・・ひたすら寝る・・・19時に目が覚める・・・熱は・・・・39.1度!もう、ダメだこりゃ。まるで良くならないので、さきほどの先生に電話で相談、このまま寝てりゃ大丈夫なんでしょうか。。。すると大きな病院で点滴を受けた方が良いと言われ、行けばすぐに受けられるよう段取りしてくれました(後で紹介料取られました)。すぐにその病院へ行き、血液検査+点滴治療を受けました。もう喉がどうしようもないくらい腫れているそうで、今日から三日間点滴治療にくるよう言われました。超頭痛+39.1度で意識が朦朧とする中、治療を終え、帰宅。また昏々と眠りました。 8月3日 朝起きると熱が37.5度!初めて熱が下がった!これで治るかもしれない。もう一度、点滴をし、ひと眠りすると大分、元気になってきました。食欲も出て来、便意も復活しました。月初2日目、3日目というもっとも大事な日に穴をあけてしまった仕事でしたが、心優しい先輩のサポートでなんとか大丈夫だったみたいです。普段は、会社なんて奴隷の働く場所だとか言っておきながら、今回は、自分の代わりがいるってことは心強いことだと実感しました。自分がいなくても仕事が回るってことは、自分はいらないってことにもなるけど、もし自分に何かあっても、あまり迷惑をかけないで済むっていうメリットもあるのです。大会社にいれば、病気で仕事に穴をあけても、クビになることもないし、のうのうと生きていられるなぁ、とか考えました。病気は人を弱気にさせますが、それがその人の本質なのかもしれませんね。夕方には熱は36度台に下がりましたが、喉の膿はのこったままです。薬で熱が下がっているだけなのかもしれません。闘病生活で、触れていませんでしたが、明日8月4日は中小企業診断士の試験なのです。何とか、試験会場に行けるかもしれないな、と一縷の望みを託し、寝ました。 8月4日 朝起きると熱はない。すぐに病院へ行き、点滴治療を受け、試験会場へ。幸い、去年、午前中の科目は合格していたので、昼からの会場入りで間に合いました。はっきり言って、もう受かる気はありませんでした。勉強はしていましたが、受かるための勉強ではなかったからです。試験は毎年、初めて出題される範囲があるし、依然と同じ問題はほとんど出ない、しかも試験範囲は無限と思えるほど広い、こんな試験、独学で受かるはずないな、と諦めていたのです。ただ、自分でどこまで出来るか確かめに、試験を受けにきたのでした。試験は案の定、テキストにも過去問にも載っていない言葉の羅列・・・・。きっと全部ダメでしょう。一体、あの勉強は何だったんだろうという虚無感と自分の頭の悪さへの悲しみが合わさり、帰り道は吸い込まれそうな空を見上げながら、人知れず少しうるっときてしましました。 ニセモノ 豊橋で営業をやっていた2年前の夏に決心して9月から勉強、サボりながらダラダラやって8月に2科目合格、2年目は6月から2カ月だけ勉強して、たぶんダメ。今回科目合格しても、もう勉強する気ないです。 この勉強をするなら、もっとやってて楽しいことを勉強したいから。英語か哲学をやります。個人ビジネスをやります。スポーツをやります。小説を読みます。豊橋は無欲で取り組む環境があったから、試験勉強を始めたけど、大阪では何でもできるのだから、わざわざ自分を抑圧することないなと思います。 さよならー、中小企業診断士。勉強した内容は一応、どっかで活かせる場所があると思うから、全くの無駄ではなかったと思います。(中小企業白書の数値暗記とかは完全に無意味でしたね) 26歳、また新しいことにチャレンジします。 毎日が挑戦、毎日が勉強、毎日を楽しく生きなきゃ! 試験のストレスから抜け出すと、すげぇ楽だ―。本も読めるしー。ふふふ。