読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

インド旅行紀6日目

旅行 日記

今日の深夜1時の便でムンバイから香港経由で帰国する。インドからの国際便は3時間前チェックインが基本らしいので、10時にチェックインが必要。市街から空港まではタクシーで1時間かかるので、タイムリミットは9時。 最後のインドを思う存分楽しもう。 朝7時半に起き、エレファンタ島へ向かう。朝は涼しいので、駅近くのホテルからインド門まで清々しく徒歩で移動。20分ほどで着く。エレファンタ島行きのチケットを買い、人に聞きながらフェリー、というかボートに乗り込む。その時、8時10分くらい。すでに10人近く人が乗っていたので、すぐに出発するのかと思いきや、10分たっても20分たっても出発しない。波止場に留まっているので、めちゃくちゃ揺れる。遠くを見ていないと吐いてしまいそうだった。結局出発したのは9時だった。そこから50分ほどの移動だったので、1時間半以上、波に揺られていたことになる。 ボートは一路、エレファンタ島へ向かう訳ではなく、近くに漂っている何隻かのボートに寄って、水や食料を渡していく。おそらく、岸に泊めるのにお金がかかるのだろう。陸地に大した用はないが、水食料が必要な場合、商用で陸地へ行くやつにお使いを頼んでいるのかもしれない。 風が気持ちいい船旅だ。

ニセモノニセモノ

地球の歩き方には「エレファンタ島には無料のガイドがいる。チップは必要」と書いてあった通り、着いた瞬間、いきなり地元のおっさんがガイドしてくる。水を持つよ、とか写真を撮ろうか、とかすごく気を使ってくる。 2時間コースと3時間コースのどちらが良いかと聞かれ、2時間と言うと、めちゃくちゃ早足で遺跡へ向かう。それほど、強行スケジュールなのだろうか。なかなか英語のうまいオッサンで、遺跡にある像の魅力をふんだんに紹介してくれた。ただ、日中の日向は暑過ぎて、おっさんの住んでいる街を紹介してくれると言ったが、断って、最短コースにしてもらった。

ニセモノニセモノニセモノ

破壊の神シヴァが最大の魅せ場なのだが、なんてことはない、5分で観終わる。 その後、寺院に行くかと聞かれ、行ってみれば地元の村になる、小さな祭壇・・・ 30分あれば、観終わる、なんてことない島だった。 次のボートは11時半だから、と言い、オッサンがレストランに連れて行ったくれたが、めちゃくちゃ高い。 ジュース一杯500円くらいする。なめてんのか、と思い何も注文せず出る。 最後に、マネーと言ってくる。 ムカついたが、200ルピーほど渡そうとすると。違う、1200ルピーだと言う。 めちゃくちゃ高い。やられたなー。インド滞在中で一番大きな出費である。 最初に、値段を決めておくべきだったのだ。地球の歩き方に書いてあった『無料』を盲信してしまった自分が悪い。彼が無料のガイドなのか、いくらでやるのか最初に確認するべきだった。サービス取引の基本動作を怠ってしまった、情けない。 しかし、彼も年は45。20近くの子供が3人いると言う。こんなに過酷な環境の中、必死に愛想をふりまいて、日本人の25の旅行者を必死で案内してくれたのだ、2000円くらい妥当かもしれない。そう自分に言い聞かせた。 ムンバイにもどり、街歩き開始。ラジャスターンとは比べ物にならないくらい日差しが弱く、十分街歩きが出来る。 お土産屋に寄ったり、サトウキビジュースを飲んだりする。やっと一人旅らしくなってきた。

ニセモノニセモノニセモノ

ぶらぶらしていると4時ころになり、一旦ホテルに帰り休憩。ムンバイは半島になっており、西向きに海岸がある。これは綺麗な夕日が見れるに違いないと思い、7時に日没に合わせて仮眠をとる。 6時にホテルを出、西のマリーンドライブへ。途中、中央駅を通ると花火大会かと思うほどの人だかりが。ラッシュの時間帯なのだろう。 マリーンドライブには既にびっしり人が座っており、たそがれている。友達、恋人、同僚、いろんな人が涼みに集まってくる場所らしい。

ニセモノニセモノニセモノ

この日はあいにく、曇っていおり、綺麗な夕日はお目にかかれなかった。夕日はサンディエゴでみたものが人生で最高だったな、と思い出に浸り、もう一度行こうと心に誓う。

ニセモノニセモノ

ホテルにつくころには8時を過ぎており、準備を整えて、空港へ。 静かな気持ちで岐路につく。 なぜ、インドはかくもインドのままでいられたのだろう。自動販売機もコンビニもスーパーもファーストフードもショッピングモールもない。欧米資本がこれほどの巨大市場を見逃すはずはない。おそらく計画され、試されたものがあったのかもしれない。それでもここに根付かなかったのだ。日本人は和服や下駄をほとんど捨て去ったけど、インドの女性はサリーを着続けているのも不思議だった。便宜性を考えたら、すぐに脱ぎ捨てるはずだ。日本がそうだったように。それでも彼女らはそれを着続けている。たぶん、選択的に。一人一人の意思を尊重されているというわけではなく、集団の選択として。インドが不思議なのではなく、ここまで文化を換骨奪胎させて資本主義の栄華を極めている日本が不思議なもかもしれない。 彼らは貨幣や教養や文化資本、はたまた生活が便利になる機械利器を必要としているのだろうか。もう、インドはインドのままで生きているのだ。グローバル企業が彼らの生活をひっかきまわす必要あるのだろうか。 それぞれの文化を残したままで、人間は別れて生活するべきなのだ、と糾弾する側に回った気でいる自分が、グローバル企業から給料を貰い、旅行と言う形で彼らの陣地に足跡を残している、という矛盾。というか自家撞着。 時間はある。これからゆっくり勉強しよう。旅行にいったあとにその国の勉強をする、というスタイルも面白いかもしれない。帰りにインドについての本を買った。