「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

インド旅行紀5日目

ジョードプルで泊ったホテルにはネット環境があり、ひさしぶりに日本の情報に触れた。 となりで白人の女の子が、ものすごい勢いでフェイスブックに近況を書き込んで、高笑いをしている。本当に流行ってるんだなぁ、フェイスブック。 13時にはムンバイ行の飛行機に乗らなくてはならいので、午前中に観光へ。 ジョードプルの要塞。

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1459年にこれほどの大要塞を建設する文明をもった国があったとは・・・ しかも、雨は降らず、日は照り付け、乾ききった砂漠の地で・・・・ 混沌の国、インドと言われるが、このジョードプルはブルーシティと言われるだけあって、街は綺麗な青色に統一されている。城塞からの眺めは絶景だ。この光景をみるために、はるばるジョードプルに来たのである。来たかいがあった。

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城塞を出ると、すぐに王様の憩いの場のような宮殿がある。 そこは綺麗な花が咲き乱れ、涼しい風が湖から運ばれてくる。500年前の権力者はここに快楽のすべてを実現させようとしたに違いない。美しい女性を並べ、心地よい音楽を流していたのかもしれない。 木陰でぼんやり過ごす時間は至福としか言いようがない。

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そのあと、バザールへ行き、安価のクミンシード、ガラムマサラを購入。日本では信じられない量と値段だ。 そして、空港へ到着。ここでドライバー、アミットともお別れだ。4日間、ずっと一緒に過ごし、下ネタをしゃべりつづけてくれたフレンドだ。彼も僕のことを「フレンド」と呼んだ。(たぶん、日本語の名前を覚えられないのだろう) 感動のお別れのシーン。彼は目を細め、何とも言えない顔で見つめる。寂しい、という顔ではない。嬉しい、顔ではない。人を値踏みするような・・・恫喝するような・・・一つの感情を前面に出した顔である。 「わたしのチップは?」 んなことは分かっている。4日間いやな顔せず、居眠りもせず、頑張ってくれたので、感謝の気持ちはある。でも、それをお金で表現する文化にいまいち感情が馴染まない。ありがとう、と言ってお金を渡したら、そのありがとうが嘘になるような気がして・・・・。だからって渡さない理由にはならない。彼にはお金が必要なのだ。だって、これが職業だもん。気持ちが整理つかないまま、お金を渡すと、すぐに車に乗り込んで去っていった、フレンドだった。 お金をあげたり、うけとったりする関係は、フレンドではありえない というのも、僕の狭隘な価値観なのだろうか。 11時には空港についていたので、国内便ながら2時間も猶予があった。ジョードプルの空港はびっくりするほど小さく、何もすることがない。持ってきた深夜特急を読み続ける。 ムンバイ行の前のデリー行きも遅れており、待合室がかなり込み合ってきた。20分遅れでようやく、搭乗時間が来た。乗り込むと英語で機長が、フライトの説明をしている。ムンバイ、という単語を発している様な気がするが、なんとなくしか聞き取れない。しかし、はっきりとジャイプールと言っている。聞き間違いではない、ジャイプールと4,5回は言った。これはもしかするとジャイプール行きの飛行機なのではないか。いやいや、席に着くまでに少なくとも3人に搭乗券を見せたではないか。もしフライトが間違っていたらこの場に入れるわけがない。ジャイプール経由でムンバイへ行く飛行機なのだ。と自分に言い聞かせた瞬間、携帯電話の電源の話が聞こえる。モバイルフォン、モバフォン、・・・・もしかして、さっきはこの単語をムンバイと聞き間違えたんじゃないか・・・発音が独特すぎて全然聞き取れない、もしかして僕はムンバイ行ではなくジャイプール行きの飛行機に乗ってしまったのでは。。。ハラハラしているうちに、飛行機は動きだしてしまった。ムンバイから関空行きのフライトに間に合うだろうか。ええい、もうどうにでもなれい。 1時間後、ジャイプールに到着した。どんどん乗客が降りていく・・・・が。数人残っている人がいる。助かった。きっとジャイプールからムンバイに行くんだ。CAに確認すると、30分後にはムンバイへ向かうとのこと。 あぁよかった。そうならそうと搭乗券に書いといてくれよ。まぁ、自分の英語力がもっとあれば問題はなかったから、責任は自分にあるのだ。 ムンバイ空港に着き、すぐにwifiを探すが、ない。朝、ホテルを予約していたのだが、住所を控えるのを忘れていた。というよりも、空港にwifiがあるだろうから、そこで確認すればいいだろうと高をくくっていたのだ。 ホテル名は覚えていたので、とりあえずムンバイの市街へ向かう。空港から市街までは車で1時間弱。ここまでの経済都市になると空港は外へ追いやられるのが世の常なのだろうか。ムンバイまでくれば、ラジャスターンと違って西洋資本主義にどっぷりそまった画一的な物質社会に身を任せられるだろうと思っていたが、街を観てみると、そうでもない。たしかに今までよりは都会だけど、やはりインドはインドである。 CST駅までタクシーに送ってもらい、そこから地図を思い出しながら歩いてみる。どうも地球の歩き方にのっている地図とイメージが合わない。というか、この地図、ざっくりすぎる。ほとんど参考にならないではないか。 近くに行って名前を言えば、通行人がわかるだろうと思ったが、自分がどこにいるのかも分からなくなってきた。タクシーの運ちゃんにホテル名を告げるが、わからないという。ムンバイは1300万人を抱える魔都である。ホテルの数は100じゃきかない。超高級ホテルなら別だが、ただのバックぱっカーが泊るようなホテル一つ一つをタクシーが知らないのも無理はない。 潔く諦めて、ネットカフェにいくことにした。とりあえず、住所を調べればいけるだろうと思ったのだ。 インド門近くは、原宿のように若者の買い物客であふれていた。そこにはナイキアディダスマクドナルドがあり、セルフサービスのカフェが軒を連ねている。ここには資本主義が根付いている。 ネットカフェで、住所を控え、念のため地図もプリントアウト。カラープリントしてしまったため、200円ほど取られてしまった。だが、住所もあり、地図もあるのだから、たどりつけない道理がない。満を持してタクシーに飛び乗る。 ここにつれていってくれ。と地図と住所を指さす。ホームレスのような格好をした、髪髭もじゃもじゃのおじいさんだ。「わからん、ほかのタクシーを使え!」と半キレで追い返される。まさかの乗車拒否。日本では考えられない事態にすこし動転したが、明らかに身なりのおかしい運転手だったので気を取り直し、若いにいちゃんが運転するタクシーに乗ってみる。 地図を指さし、ここに連れて行ってくれ、と言う。地図をまじまじと見つめ、「このCST駅までなら行くよ」と言う。いやいや、それじゃ意味ないじゃん。CST駅から遠いんだよ。だから、地図のこのAと書いてあるポイントに行ってくれよ。「CST駅までしかいけない」・・・なんじゃそりゃ。おまえはバカか。行けないじゃねぇよ、行けよ、この野郎! らちが明かないので、このタクシーもやめた。 少し歩くと、5,6台のタクシーが止まっており、ドライバーが雑談をしているではないか。あの中に一人くらいわかるやつがいるだろ。地図を見せ、ここにつれていってくれ、と頼む。このグループの長のようなおじさんが、「あぁ、ここならわかる」と答える。やっとまともなタクシーを見つけた。さあ連れて行ってもらおう。するとグループの一番若いにいちゃんが担当する事になった。一抹の不安を感じながらタクシーに乗り込むと、案の定「で、どこにいけばいいんだ」と聞かれた・・・・お前もか・・・・。キレ気味に地図を見せる、住所を指さす。 ココに行け!いいから行け! 「言え、行きたいところを言え!」 だーかーら、ココだよ!!!ココ!この道とこの道が交差するAって書いてあるところだよ、このタコ!住所も書いてあるだろ、地図もあるだろ!カラー地図だバカ野郎!! 「だ、か、ら、言、え! 住所を言え! 唱えろ! 口に出せ!!!!!」 ○■※▽ストリートの○○番地だよ、このやろう!!!!!1 「わかった」 ・・・・へ? 今のでわかったの・・・・・・ん・・・・・あぁ、そういうことか・・・。 そう、彼は、というか今までドライバーもおそらく、字が読めなかったのだ。だから僕が指さした住所も地図も理解不能、意味不明の暗号にしか見えなかったのだ。したり顔で、英語の住所だけを出してくる乗客など、こちらからお断りだったのだ。僕は自分がいかに視野狭窄な世界に生きていたのか思い知らされた。こんなことでいちいち腹を立てていた自分を恥じた。たしかに字が読めないと地図も理解できないはずである。地図とは見るものではなく、読むものなのだ。地図とは、現実世界の3次元におかれた物体を2次元+文字で表した疑似空間なのだから。目の前に映る世界は本物なのだから、街を見渡し、すべての風景を頭に入れ、空間でものを捉えてれば、タクシーの仕事は務まる。空間の映像をそのまま脳に入れてしまえばいいのだから。そこには東西南北も必要ない、それぞれの場所を周囲の関係から位置付けている。東西南北など画一的に場所を表現するための擬制である。 僕は字が読める、地図が読めるのは当たり前だと思っていた。読めない可能性を1ミリも考慮していなかった。地図は普遍的な記号だと思っていた。鳥かごの中で暴れていたのは僕のほうだった。 この経験はインドで一番衝撃だったかもしれない。 ようやくホテルにたどり着き、ホテルのwifiを堪能しながら、眠りについた。 明日の深夜、日本へ出発だ。 明日が実質最終日、早起きして出かけてみよう。 まだまだ僕の知らない世界があるはずだから。