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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

インド旅行紀3日目

旅行 日記

アグラの朝が来た。 昨夜は、すこし身体に不調が出てきたので早く寝た。 朝、腹痛で目を覚ました。昨日のカレーのせいだろうか。味は薄いが、香辛料の匂いが強烈に聞いたあのチキンカレーのせいだ・・・。 インドの風は独特の匂いを運んでくる。それは食べ物に含まれる香辛料と思っていたけど、この腹痛で違う側面を知った。便の匂いがそれと同じ匂いなのである。もちろん、香辛料を含んだ食べ物を食べたから、便に独特の匂いが付いたのだが、食べ物そのものの匂いとは違う。一度身体を通り抜けた匂いとでもいうのだろうか。乾燥した香辛料が放つ匂いではなく、生命が息づいた躍動的な匂いなのである。インドの風は、インド人のそれを運んでくるがゆえにこの匂いなのではないか、と頭をよぎった。風と便の匂いが一体になった時、ようやくインドに来たことを実感するのかもしれない。 などと訳のわからないことを感じながら、朝の6時半にタージマハルへ向かった。西門からはいると緑豊かな公園に道が続いている。看板らしきものはなく、ただまっすぐ進めば良いことは直感的に分かるのだが、どれくらい進めば辿りつくのか分からない。地球の歩き方にも書いていないし、自転車こぎはすごい勢いで乗せようとしてくる。歩いて行くには遠すぎる、50ルピーで乗せてやる、と息巻いてくる。それが安いのか、高いのか、近いのか、遠いのか、まるで分からない。ただ、最初に彼が50ルピーと言ったということは50ルピーの価値があるほど遠い訳ではない、ということだけは分かった。乗らないそぶりを続ければ、どんどん安くなるだろうと思い、無視しながら5分ほど歩き続ける。それでもまだ交渉してくる自転車こぎ。「遠い!遠い!10ルピー!」と言いだしたので、10ルピーくらいなら良いかと思い、乗車。30秒ほどで、ゲートについた・・・・。おいおい、どんだけ近いんだよ。 チケットを買おうとしても、また怪しいオッサンが話しかけてくる。「おい、チケットはこっちだ。買ったらこっちに来い、おいこっちだ」。全部無視。 地球の歩き方にはipodを持っていくと手荷物検査で没収されるので、近くのロッカーに荷物を預けた方が良い、ただしロッカーの盗難にあう恐れあり、と脅しが書いてあったが、ゲートの近くにロッカーらしきものが見当たらないので、もうどうにでもなれと思い、手荷物検査を受ける。鞄の中には、ipod iphone 電子機器だらけだ。 「アーユージャパニーズ?」と笑顔で聞かれて、イエス!と応える。鞄をちらりと見せてスル―。 完全に杞憂に終わった。地球の歩き方の情報が今まで役に立った事がない・・・。 中は世界中の観光客だらけで、すこしほっとする。それに、街中とちがって、掃除や草木の手入れが行き届いており、朝の涼しさと相まって地上の楽園のようだ。 そして、タージマハル。 ニセモノ ニセモノ この美しさを喩える言葉が見つからない。今まで見たどんな人工物よりも美しく完成されていた。 中学の時に母校に写真家の人が講演にきたことがあった。戦場の体験談や自然の写真など、2時間ほどの講演だったが内容は全く記憶に残っていない。ただ、最後に「一番とびっきりの写真をみせてあげよう」と言って大きなパネルを掲げた。その写真がこのタージマハルだったのだ。あのオジサンのキラキラした表情と、透き通るような青空、全ての光を反射するようなきらめきを帯びた白亜の建物がとても印象的だった。 僕が今回インドに来た理由は、たぶんこの思い出をたどることだったような気がする。 思春期に観た衝撃を大人になって再確認したかったのかもしれない。中学の時とんがっていた僕は、こう言った。「写真なんて、場所とカメラを与えられれば誰でも撮れるだろ」と。めちゃくちゃ生意気なガキんちょである。周りのヤンキーグループも「おいおい」と冷静に諭してきたくらいである。 その言葉を思い出しながら、撮ったこの写真は、あのオジサンの作品とは比べ物にならないほど陳腐である。 空も水も光もあの時のきらめきを宿していない。しかもレンズがよごれていたのか中央上部の空に影がある・・・。写真以前の問題である。レンズぐらい拭けよ。僕には、この感動を一枚の枠の中で表現する力がない。どうしたらこの感動を人に伝えられるのか分からない。ただ、必死に写真をとりまくることしかできなかった。 写真を見返すと自分の至らなさに頭が痛くなる思いだが、実際に目にしたタージマハルは、あの日見たパネルに負けないくらい眩しかった。 朝の涼しい風と光の中、タージマハルの冷たい大理石をハダシで歩き、2時間ほどゆっくり時間に身を任せた。 9時に近づいてくると、白亜の大理石は太陽の光の熱を余すことなく打ち返し、周囲のものを熱していく。さすがに、暑くて耐えられなくなり辞去した。 続いては、ファテープル・スィークリー。そんな名前の場所今まで知らなかったし、来る気もなかったのだが、運転手の予定に組み込まれていたのである。アクバル帝の城跡らしい。駐車場から城跡まではなぜかリキシャーで行くしかないらしく、往復のリキシャー代とガイド代で1000ルピーかかると言われた。別にガイドなどいらないのだが、押されに押されて断れなくなり、お金に困っている訳でもないので、全部付けることにした。

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およそ500年前にこれほどの構造物をつくるほどの強大な帝国があったことにも驚きだし、たったの14年で使われなくなったのも感慨深い。太陽の動きを利用した夏用冬用の部屋や、ヒンディー、イスラム、キリスト、の3つの宗教を共存させることを目指したかつての国政に想いを馳せれば、大きな歴史の流れに圧倒される心持になる・・・・と言いたいところだが、そんなこと後付けである。全ての感情が吹っ飛ぶくらい暑かったのだ。 もう、死ぬほど暑い!本当に死ぬほど暑い!35度とかのレベルじゃない。直射日光で石造り、建物の中の温度は余裕で40度を超えている。10分ほっとかれれば死ぬレベル。夏のインドをなめていた。ここまで暑いとは・・・。もう観光とかどうでもよかった。ふらふらだった。持っていたペットボトルの水がちょっとしたお風呂くらいの温度になってきた。それでもやたら愛想の良い青年ガイドはべらべら歴史を説明してくれる。「ここに音楽家たちがいて、王さまはここに座った・・・・これはイスラムの記号で、これはヒンディの記号で・・・この穴倉から城までが地下道になっていた・・・・」もう意識は朦朧としている。拷問である。極暑火あぶりの刑である。観光名所なので、モノ売りがまとわりついてくる。「るっくあっとみー。るっくあっとまいふぇいす。」と自らの哀れさを客観的に見ることができる子供が地球儀の様なキーホルダーを売りつけようとする。そんなものより、水を売れば、バカ売れするのに。ここで水が切れていれば1000ルピーでも買うだろう。逆にどんなにお土産に相応しいものでも、この暑さの中で選ぼうとは思わないし、可哀そうな素振りをみせる子供たちに同情を寄せる気にもなれない。だって、自分がこの場で倒れそうなんだもん。 そんなこんなで1時間強の耐久灼熱観光地獄を切り抜け、1000ルピお支払い。 青年ガイドは余裕のニコニコ顔であった。ここで思う。自分はインドでは生きていけない。この暑さを涼しい顔で過ごせる身体ではないからだ。体質を根本的に買えないと夏のインドで生活することは不可能だと知る。 ここから、ジャイプールへロングジャーニーが始まる。アーグラからジャイプールまで4時間ほど。有料道路っぽい道を走るのだが、もちろん日本やドイツの高速道路の様に整然としているはずもなく、途中障害がいくつも出てくる。 ①羊 大量の羊が移動していたりする。近くには羊飼いやシープドックがいるのだが、道路横断中だったりすると、はねるわけにもいかないので止まるしかない。 ②対向車 これも訳が分からないのだが、中央分離帯のある、4車線づつある有料道路で、こちらの車線に対向車がつっこんでくるのである。しかも大型トラックが。プップーとクラクションを鳴らしながら。プップーじゃねぇよ!ちゃんと左車線走れよ!途中で忘れ物をしたが、中央分離帯があるせいで戻れない、など彼らなりに事情があるのだろうか。一回や二回ではなく、結構遭遇した。事故になる確率を考えれば非常に恐ろしい事態なのだが、ドライバー曰く「ノープロブレム、たまになら良い」らしい。 ③凹凸 インドの道には、不定期だが、ある程度すすむと必ず深い凹凸がある。40キロくらいのスピードで走り抜ければ、ひっくり返るほどの凹凸である。だからドライバーはそこで徐行になる。10キロで走っても、車は激しく上下に揺れる。頭を天井にぶつける。しかも結構頻繁にあるから、そうそうスピードも出していられない。スピードに関してはみんな100キロ以内を守っており、そこまでめちゃくちゃな運転はしていないイメージ。それも、この車をひっくり返すほどの凹凸のせいなのかもしれない。 このような不測の事態に遭遇しながらロングジャーニーは続く。途中、ドライバーととりとめもない話に興じる。 以下、会話の再現。 給料は? 月12000ルピー。 それって普通?  いや、底辺の方だと思う。 奥さんは? 専業主婦だよ。 どこで出会ったの? 結婚は勝手に決められるんだ。 好きな人はいなかったの? インドでは婚前交渉は認められていないからガールフレンドなどいなかったよ。 初恋はいつ? 学校も男女分かれていたし、好きになったのは兄の娘、姪が最初かな。こんな小さかったけど。 ロリコンめ! 日本では「バリシャン」が流行ってるんだろ? バリシャンってなに? 女を買うことだよ。 ああ、売春ね。  そうそう売春。インドでも沢山売春できるよ。 へー、知らなかった。  300ルピーくらいでもできるよ。アグラからジャイプールへの道でも売春ロードがあるんだ。 売春は違法でしょ? 違法だけど、奥さんを勝手に決められちゃうから、セックスくらい好きにさせてくれないと、夫婦はうまくいかないよ。売春は夫婦仲を保つ秘訣さ。 彼、なかなかのスケベで、これ以後、下ネタ以外話をふってこなくなった。 午後に西に向かう車は太陽にめがけて進む訳で、直射日光がきつい。硝子越しに直撃を食らう、そして車のエアコンは冷たい。直射日光の暑さと冷房の寒さで体調が完全におかしくなってきた・・・・ところで、ジャイプール到着。

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別名ピンクシティと言うらしいが、町並みはピンクと言うよりも茶色と灰色・・・観光名所もピンクと言うか肌色が中心だったような・・・ まだまだ暑い。もう日陰に行って休むしかない。 日陰には相変わらず暇そうなオッサンがひしめき合っている。これがインドなのだ。

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アンベール城見学。万里の長城のような建物が見渡せる。 観光名所を何個も回っているが、日本人旅行者にはほとんど出会わない。出会ったところで、一緒に回る事はできないのだが、旅情を感じることもなく、少し物足りない気持ちだった。 この日は、とにかく観光名所を回りまくったので、クタクタ。ラジャスターンの熱気にやられて、身も心もヘトヘトだった。インドはどこへ行ってもインドであることに疲れていた。すごく当たり前のようで、当たり前ではない事実。日本、香港、バンコクなど、欧米資本に全て色付けされたような街並みになっている。マックがあり、スタバがあり、ファッションブランドがあり、スーパー、コンビニ、ショッピングモール。欧米資本の企業ではなくても、そのやり方を模倣し、改良し、自国の名前を刻印し発信したものも多い。それらの源流はどこまで欧米資本の全世界画一サービスなのだと思う。だが、インドはそういう訳にはいかない。僕が歩き、車沿いに観てきた街は、どこもかしこもインドだった。つまり、欧米的な画一的サービスやショッピングモール、レストラン、カフェがないのだ。そこにはルールや資本があるのではなく、人間がいる。対大企業、対サービスなのではなく、対人間として世の中が動いている。水を一本買うのにも、人と話し、人から値段を引っ張り出し、人から直接商品を貰わなくてはならない。人を介さないで買える自動販売機がない、感情を排除した画一的サービスだけが供給されるコンビニやスーパーがない。そのことに僕はほとほと疲れていた。そして、あまりに人間的過ぎる社会に拒否反応を示している自分がいることにも驚いた。 自分はここまで排他的な人間だったろうか。人間が作る社会に人間が入り込んで何が問題なのか。何を疲れているのか。夕飯は初めて見つけたフードコートで炒飯を食べた。レジに並びレシートを貰い、レシートと商品を交換する、その感情の入りようのない画一的なサービスに癒されていた。人間を排除したシステムによって、人間が安らぎを得ていた。そのことに驚いた自分は、何故自分がそのような心の動きをするのか説明できなかった。 僕の身体はすっかりまいってしまっていた。扁桃腺が腫れ、喉に何も通したくなかった。夜は高熱が出ていた。ただ、熱気も冷気もない、人気のない場所で横になりたかった・・・・。 つづく。