「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

夢診断

夢の話。 夢と言っても、寝ている時にみる方の夢である。 試験の夢を良く見る。ほんとによく見る。社会人になってから覚えている限りでも月2,3回はみている気がする。 舞台はこうだ。 試験前日くらいの状況から始まり、何の準備も出来ていない自分。試験範囲は莫大にあり、全然手がつけられない。そして、自分は社会人になっている。ちゃんとその時の年齢なのだ。1年目の時は1年目、2年目の時は2年目と、夢の中の自分はきちんと社会人をやっている。そして、大学のキャンパスにいながら、高校の試験を受けなければならないことに気づく。高校で取り忘れた単位があるが、付属校の為、そのまま進級してしまったらしいのだ。今回、その試験にパスしないと会社をクビになるという設定。後半になると、だんだん、「ちゃんと大学卒業しただろ」と突っ込みがはいり、霧散してしまうのだが・・・気持ちが整理される前は、大変な不安とストレスにさらされ、疲弊してしまう。 もういい加減、この夢を見るのはやめたいのだが、ここに隠された自分の欲求が埋もれている様な気がしてきたので、分析してみる。 どうやら試験の夢とは現実での他人からの評価を表しているらしい。自分がどんなふうに見られているか気にしながら生きているということだろうか。でも、試験を受けている夢ではないのだ、試験をパスしなければクビになるという状況にさいなまれる夢なのだ。実際に試験場で試験を受けたことはない! しかも、最近はまぁクビになっても良いか、学校戻れるし。と開き直ったパターンがあって驚いた。 ここで思った。僕はもう一度学校へ戻りたいのではないか、と。 勉強をし直したいのではないか・・・ もっと言えば、ダラダラ過ごした高校生活をもう一度やり直したいのではないか・・・と。 あの高校生活の全てが無駄だったとは思わないけど、部活もやらなかったし、恋もしなかった、ドラマでみるような青春は何もなかったと言って良い。そのことが社会人になってから、どれだけコンプレックスになっているか・・・たぶん、すごく悔いているのだろう。 頭では分かっている。ダラダラしていたから出会えた友人たちがいる。彼らといる時が一番、楽しい。一生の宝物だと思う。 すぐに家に帰って、愛犬のめぐと昼寝していた時間は二度と取り戻せない幸福だった。 語学留学や論文の表彰は、あの怠惰な生活から生まれたものだったし。 一方で、体育会の部活に打ち込んで、仲間と栄光を手にする、という状況に憧れているのだと思う。 クラスのみんなで文化祭を盛り上げるために一丸となる状況を夢みたいのである。 女子高生と一緒に下校してみたかったのである。 失われた青春への悔恨と憧憬は一生消えることがないのであろうか・・・。 僕は一生、この夢を見続けるのだろうか・・・・。 もし、このことが原因だとすれば、逃れる方法は・・・ もう一度学校へ戻ることだ。 ちょっと考えてみる。。