「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

日記について

ブログを読み返すと、本や映画の回顧録として面白いんだけど、日記の方が面白かった。 当時の自分がどんなことを考えていたのかを思い出せるから。 いや、思い出せなかった。誰だこれ?こんなこと言ってる・・・と思う。 めちゃくちゃ生意気だな、全然成長してねぇ・・・しかも全然成長してねぇって書いてあるwww 成長していないところは変わってないwww だから、自分が思ったことはもう少し小まめに記そうと思う。 3年目研修で思ったこと。 長期キャリアを考えるプログラムがあった。同期はみんな、どこどこの職場でどんなことがしたいとか書いてあったけど自分には全く浮かばなかった。 世界一周とかホラー小説書きたいとか、フワフワしたことばかり浮かんでは消えた。 みんなの話を聞くと、結構仕事は楽しんでいるようだった。でも、本人は決してそう言わない。 あぁ、こいつ照れてるんだ・・・ってか仕事を楽しむことをカッコ悪いことと思ってるんだな、それが一番カッコ悪いっつうの!と心の中で言うと、こだまになって帰ってきた。 これは自分のことだ。 会社でこんなことをしたい!と言うのが恥ずかしいという変なプライドをこじらせ過ぎて、キャリアプログラムの場で、世界一周したいとか訳のわからないことを言ったのだ。 本当はそんなに嫌いじゃないはずだ。 だって、営業の時は、生活のすべてを捧げていたじゃないか。一縷のやりがいを感じていたではないか。 与えられた仕事をこなすことに快感を覚えていたではないか。 それが、いま自由な時間を多く与えられたことで、自分は他の人とは違い真の人生を生きている、とか勘違いしていたのだ。 たぶん、大きな仕事をきっちり回すことにやりがいを感じるはずだと思う。でないと、失敗でこんなに落ち込んだりしないから。 与えられたことをこなして満足しているだけの人間はカッコ悪い。確かにすごくカッコ悪い。 だけど、それさえまともにできない自分はカッコ悪いを通り越して、憐れだ。 自分のしたいことと、自分が出来ることと、世の中が求めていること、が一致している人間の生き方をカッコ良いと呼ぶ。 今は自分のしたいことばかりが肥大してしまい、出来ることと求められていることが全く見えていなかった。 出来ることを広げながら、求められていることにも目を向けよう。 自らの仕事に対する考え方を反省させられた日だった。