「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

同窓会

先日、人生で初めて同窓会に行ってきた。 高校は男子校で、開こうなんていうやついないだろうし、ってかクラスにまったく馴染めなかったから呼ばれないんだろうな。 中学は名古屋だったから、引っ越してからほとんど連絡を取っていなかった。成人式の時も川崎に住んでいたので、行くわけもなく、なんだかんだ10年も音沙汰なし。 大学時代mixiで再会した友人から誘いがあり、断ろうかと思ったけど、そいつは東京からわざわざ名古屋にくるというので、付き合ってやろうということになった。 中学時代って言うと、かなり尖ってて、先生を馬鹿にしたり、同級生を見下したり、一人で激怒したり、号泣したり、かなり痛々しい生活を送っていたと記憶している。卒業した後、すごく反省して、高校生活をちゃんとしようと思って、最初の学期をスタートさせたこともはっきり覚えている。でも、結局、高校生活の方が失敗だったような気がする。人生で一番つまらなかった時期になってしまったから。中学時代は自分はなんでもできるスーパーマンの様な気がしたけど、高校に行くと、当然のように学力はみんな同レベル、それ+超イケメンとか超金持ち、Jリーガー、バンドマン、とかなんだか中学時代には一人もいなかったヒーローたちが勢ぞろいという風に見えてしまった。自分には何もないなと気付き、開き直って怠けてばかりいた時期だ。「授業の勉強はできないけど、小難しい本は読んでるぜ俺」というプライドでなんとか生き延びたけど、その思いも大学一年生ですぐに瓦解。なにはともあれ大学時代は楽しかったけど、いろいろ恥ずかしいことをして顔を合わせたくない人もいっぱい出来てしまった。いつもいつも反省して、活かそうと思うんだけど、結局どこを思い出しても恥ずかしいのである。どの場面にも戻りたいとは思わないのである。 何だこれ・・・・と少し考えた。 自分ではいくら考えても答えは出ず。 今の自分を一番見てくれているひとに聞いてみた。 「これどゆこと?」 すると明確な答えが返ってきた。 「何にも変わってないんじゃない?」と・・・・。 え?あの中学時代の自分と今の自分が変わってないの? 「だって、今でも支店の人を馬鹿にしてるし、上司も見下してるし、プライド高くて、声かけずらい」って。 何も言い返せなかった。 本当にその通りだった。 中学の時と一緒だ。同級生が同僚に。先生が上司になっただけだわ・・・・。 それを言われた瞬間、一気に自分の人生のパーツが直線に繋がった気がした。 転校や引っ越しをきっかけに人間関係をリセットし、新しい自分につくりかえてきた気がしてたけど、全然そんなことなかった。あれはいまの俺だ。今の俺はあの時の俺だ。と気付いたのである。 そう思うと、同窓会に行く心持も穏やかになった。 恥ずかしいもクソもない。だって、変わってないもん、いまも恥ずかしいまま生きているのだから。 もう素で行くしかない。 そんで、同窓会へ行ってきたわけだけど、25歳にもなると、みんな当然のように働いていることに驚いてしまった。タバコすってた不良も、不登校になってたギャルも、みんなちゃんと働いている。 すごく落ち着いていた。「まぁ、そんなもんよ」みたいな。 自分が一番うるさかったくらいだ。 そして、中の上くらい勉強できた人たちは地元のまぁまぁ大きめの会社に勤めている。なんだか大きな夢を語るような心境じゃないようだった。『独立してやる」くらいのことは思っているのだろうか。「社長になってやる」と胸に秘めているのだろうか。「このまま、なぁなぁで」なのだろうか。胸の内は誰にも分からないけど、自分が一番ギラギラしている様な気がして、そして、また自分自分で考えているところが全く変わっていないなとも思った。 一緒にバカやった奴らも、恥ずかしい思い出を持っているのだろう。みんな少し照れながら、昔話をしつつ、現状を喋りつつ、2時間がすぐに過ぎてしまった。 本当に閃光のような時間だったけど、行って良かったと思う。 やっぱり変わらないところも沢山あるけど、変わったものも沢山ある。 みんなキラキラしているというわけでもない、でもあきらめてしまったわけでもなさそう。 25歳って、半分大人で半分子供なのかもしれない。 今の自分は昔の自分の延長で、今の自分を好きと言えなくても、決して戻りたいとも思わない。後悔したこともあるけど、やり直すよりも、早く未来を見たいと思う。 そんなことを思った夏休みだった。