「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

王様ゲーム

最近、会社でやることがないのでVBAの勉強を始めました。 プライベートで勉強しているPHPと共通するところもないではないので、1週間くらいで人が作ったものを読めるようになり、2週間もすれば簡単なプログラムを作れるようになりました。 今、部署で使おうとしているプロジェクトにVBAが非常に役に立つということが分かり、やっとやることが出来ました。さらに、同じ階にいる他の部署の課長からもVBAでプログラムを作って欲しいという依頼があったり、少し充実してきました。 というか、50人くらいいる部署で、みんな朝から晩までパソコンいじってて、それでVBA使える人が一人もおらず、僕に頼みに来るって、相当ヤバくないか・・・?大丈夫なんだろうか、この会社と、少し心配になりました。 そんなこんなでプロジェクトを進めていると、前社長、現顧問が部署の見学に来るから新規プロジェクトの説明をして欲しいと上司に頼まれました。何でも上司はその日、出張でいないので、僕と係長だけで対応しろとのこと。 そんなんで大丈夫なの?? 半年前、社長が来ると分かった時、所長もGMも大騒ぎで、事前準備を入念にやって、全員直立でお出迎えして、顔真っ赤にしながらプレゼンしてたんだよ?? 顧問になった途端、そんな扱いになるのか・・・とビックリしてしました。 顧問が連れてきたのは、かつての開発本部長とか生産本部長とか、歴代の幹部たちでした。 歩くのが精いっぱいってくらい老いていた方もいらしたけど、かつては4万人の大企業の舵を握っていた人なのです。もちろん、頭もキレるだろうし、会社に関する知識は僕はもちろん、係長の比ではない。 そんな人達の相手をするのに何の準備もしないし、上司たちはほとんど顔を出さない。 いやいや、問題は、顧問の対応に時間を使わないことではない。 逆だ。 社長の応対に、あんなに工数をかけて尽力したことが問題なのだ。 たかが社内の人間に部署の説明をするだけで、所長やGM達はあんなに大騒ぎし、戝前教授の回診みたいに取り巻きがついてきて、一般社員が直立不動で社長の顔色を伺っていた、あの光景が異様なのだ。お客さんじゃないんだから、1円も生み出さないんだから、それこそ僕くらいの人間がちょこっと説明すりゃいいんだ。でも、そうじゃない。顧問にはリソースを割かず、社長には全力で応対した。 じゃあ、社内の人間が何を観て力の加減を決めるか。経営に関する知識や、人間性に敬意を示してだろうか?いや、違う。だったら、前社長と現社長の対応にこんなに差が出る訳がない。 答えは「権力」だ。もっと露骨な良い方をすると「人事決定権」だ。 上司たちの人事権を掌握している社長に対しては、精一杯丁寧に応対するし、誠意を尽くそうとする。なぜなら、自分たちの生殺与奪権を握られているから。決して知性や人間性を評価してのことじゃない。 なぜ、顧問にはあんなにいい加減な対応ができるのか。現経営陣に対する影響力がほとんど皆無だからだ。自分たちのこれからの人生に何ら影響を与えることがないからだ。 そう考えると、なんだかサラリーマン人生というのがすごく物悲しくなってしまいました。 社内政治を掌握して社長に上り詰めれば、周りの人間はあなたを大事に扱うでしょうし、敬意を払うでしょう。それは確かに、気持ち良いかもしれない。でも、それは決してあなたの能力や人間性に対して払われている敬意ではない。あなたが持っているその生殺与奪権に対する敬意なのだ。だから、権利から一歩外れたら、ただのジジイに成り下がる。サラリーマンの栄光なんて一炊の夢だ。 良く考えてみると、自らリスクをとることのないサラリーマン社長なんて、そんなものかもしれない。 自分が創業者であるならば、発言力は死ぬまで続くだろうし、その功績に対してみんなから敬意を払われ続けるだろう。でも、サラリーマン社長はただイス取りゲームに勝った、それだけのものだ。ターン制で王様が変わるんだから、王様ゲームと一緒だ。王様ゲームの王様が王様たる所以は、始祖だからでも、人格者だからでも、選民だからでもなく、そういうシステムだからだ。サラリーマン社長が社長なのは、創業者だからでも、人格者だからでも、能力者だからでもなく、そういうシステムだからだ。 大人が一生をかけて遊ぶ王様ゲームっていうのもなかなか粋な気もしますが、これはゲームである、と分かってやっていない大人はカッコ悪いなぁと思いました。