「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

評価経済とかその辺の話

今日先輩から『ノマド業界が熱い!』という話を聞いた。 ニートを海外に送る計画とか、世界を旅しながらコンサルタント業をやるとか、自由に生きている人たちが連関して、面白いことがどんどん起っている、それがフェイスブックツイッター、ブログで盛り上がっているらしい。 毎日パソコンばっかり観てるけど、全然知らないぞ、そんな話・・・。開かれたネット社会で毎日同じサイトばかり見ているから、同じ種類の情報が更新されるのを見ているだけの暮らし、にいる自分に気づく。 ちょっと、面白そうだから観てみようと思った。 ふむふむ、外資コンサルを引退し、個人で講演をしたり、本を出したり、している人が結構いるみたい。とても優秀な人なのだろう。その人の記事で、或る人の紹介があった。ニートを養っている人が出費に困った末にフィリピンへ送り、毎月3万円仕送りをしているという。ニート君はフェイスブックで面白い記事を描き、1いいねにつき10円貰える、という仕事についているのだ。いろんな生き方があるもんだなぁ。他人に資する仕事、という意味では他の仕事と変わるところがないんだけど、個人に飼われている気もするね。家賃、水道光熱費は共同生活した方が一人あたりのコストは下がるから、同じようなニートをどんどんフィリピンに送り込もうという動きも本格的になっているらしい。フィリピン側からすれば、なんでうちなんだよ、って感じだろうなあ。 そして、内田樹先生のブログを読んでいると『評価経済』の話がちらっと触れられていた。 評価経済とはなんぞや、と調べてみると、貨幣の代わりに評価を軸とする経済システム、の話が巷では盛り上がっているらしい。 色んな人の記事を読んで、自分なりにパラフレーズすると、『貨幣を稼いで、消費し贅沢な暮しを理想とする人たちが減った。これからは貨幣を稼いで物的欲求を満たすよりも、社会的な繋がりで自分の好きなことを実現していく生き方が理想になってくる』という感じ。 ん?上のニートの話とちょっと似ているなぁ、と思ったら、やはり評価経済に関する議論の中にも、上の人たちは論壇に登場していた。批判する側だけど。 でも、愛されニートの生き方はまさに評価がなせる生き方だよね。結局貨幣は稼がなきゃいけないんだけど、貨幣を稼ぐのが目的ではなく、手段である、という線引きは明確になっている。そこが評価経済の面白いところなのかも。 会社に忠誠を誓い、上司のパワハラに耐え、サービス残業に精を出し、終身雇用の中で消費に安らぎを見出す人生モデルは終焉した。 好きなことをして面白い人たちと、ぎりぎり生きていけるくらいの収入で、軽やかに生きていきたい。 そんな願いが込められた議論なのだろう。 でも、実際は、評価経済の中で、結婚をし、子供を育てる、なんてことが出来るのは、一握りの大成功者だけになるんじゃないかな。結婚、子供、さえどうでも良いじゃないかと言われれば、そうなんだけども・・・。 内田先生的に言えば、身体が欲する範囲内で生きていけば良い、ということになる。 自由にも生きたいけど、消費もしたい、でもしんどい思いはしたくない。 こんな僕を救う方法はドラえもんが秘密道具を出してくれる他あるまい。