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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

夜想@台北

コラム

出張で台北に来ています。海外出張は転職してから6回目。15カ月で6回なので2〜3ヶ月に一回のペース、言葉にすると多く感じないですが、体感的には十分という感じです。思ったことを散文的に書きます。

1、海外出張について みんな若い頃は世界を飛び回るビジネスマンに憧れるものですが、実際に若い頃から海外を飛び回っている人で30を超えた場合「海外に行きたい」とか「将来は海外に住みたい」と言う人を見たことがありません。少なくとも私の周りにいるバリバリの商社マン達は、「地元で日本酒を作りたい」とか「そろそろ実家を継ぎたい」とか控えめな夢を弱々しい笑顔で語ったりします。大分早いですが、私ももうそれに当てはまっていて、すでに海外に行きたいとも住みたいとも思えなくなっています。何を好き好んで知り合いもいない・言葉も通じない土地に住みたいと思うのか。友達もいるし、ご飯も美味しいし、安心するし、地元が一番良いに決まっているじゃないか!でも若い頃はそれに気づけない。ここじゃないどこかにユートピアがあると思ってしまうんだなぁ。ほんとそう。

2、若い頃に海外行っといた方が良いよという言説について 私が学生の頃、「学生のうちに○○やっといた方がいいよ」と疲れた顔で語る社会人が大嫌いでした。なんだっていつだってできる、お前がやる気ないだけだろ、と思っていました。だからよくこのブログにもいつでもなんでもできるんだということを書いてきました。大人になることでいろいろなことを諦めるってことがとてつもなくかっこ悪いことだと思っていたのです。でも、ふと台北の夜市を歩きながら微笑んでいる自分に気づいてハッとしました。自分は何でニヤニヤしているんだ。これは思い出し笑い(ニヤニヤ)だ。高校三年生の時に、夜中友達とラスベガスの街を歩き回ったワクワク感を、この夜市の光景を見て思い出していたのです。あの頃は本当に楽しかった。人生で最高の瞬間の連続だった。さっきの理屈で言うと「また友達とラスベガス行けばいいじゃないか」ということになりますが、決してそうはならないでしょう。また同じ友達と同じ街を歩いてもあんなにワクワクすることは絶対にない。あれは、街のきらめきが心を躍らせていたのではなく、周りの友人が私を幸せにしていたのでもない、将来どんな素敵なことがこの人生に起こるのだろうという期待が私の胸を膨らませていたんだと思う。でも、今はそこまでの期待がない。いや、人生を諦めたわけでも、楽しいことが何もないと言っているわけでもないのです。なんというか、自分のやったようにしかならないというか、或る日突然天から幸せが降ってくるという信憑が崩れた、というか、そんな感じ。やっぱり時は経っている。歳は取っている。いろんな可能性が狭められている、それは間違いないと思う。

3、結婚と恋愛について あらゆる恋愛は、弱った心に寄り添うことから生まれると私は思います。仕事でバリバリ成果を出して、趣味に精を出して、自己研鑽にも余念がなく、夜は友人とパーリナイ!という人は恋愛できないでしょう、たぶん。どこか心に弱さや、不安や、寂しさがあると、そこを埋めてくれる人と一緒にいたいと思うようになる、気がする。少なくとも私はそうです。だから、恋愛というのはお互いの寂しさを埋めたいという要請から生まれ、言語や身体的なコミュニケーションによってそれを達成しようとするものです。とすると、恋愛の先にある結婚というのは、一生続く配偶者へのカウンセリングなんじゃないかと思うのです。傷ついたら寄り添い、怒ったらなだめ、喜んだら祝福する。そのコミュニケーションを一生続けていくことが結婚だと思うのです。その人の人生に深く入り込んだコミュニケーション・カウンセリングを一生続けるのだから、原理的に二人以上を同時に相手するのは不可能です。だから、一度結婚をすると、別の誰かの心に寄り添うことも、祝福してあげることも控えなくてはならなくなる。もちろん、その瞬間瞬間、一緒にいてあげることはできるし、言葉をかけることはできる。でも、相手の人生を背負うことはもうできない。一生一緒に居ながら全ての喜びと悲しみを分かち合える(分かち合おうとするだけで良い)のは原理的に一人だけなのだ。だから結婚とは配偶者以外の全てのコミュニケーションを遮断すること、とも言える。だって、もう彼・彼女の人生に深く入ってコミュニケーションすることは能わないのだから。そう考えると、結婚というは至極孤独な作業とも言えるし、一人の人生と同化しようとする建設的な営みとも言える。だから、誰とも深く付き合えない人、もしくはみんなの人生に深く関わりたい人には結婚は向いていないし、するべきじゃないと思う。生涯未婚率が上がっているのは、実は後者の「みんながみんなの人生に深く関わりたい」という愛に溢れた人間になってきたからじゃないかしら、と仮定してみると、世の中悪くない気がしてきます。前者だったらちょっと寂しいですが。

一人の海外出張は猛烈に寂しい・・・。