「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

あの根源的問題について

暇があれば本を読んだり、映画を見たり、プログラミングを勉強したり、ブログを書いたりしている私ですが、実は「考え事」が嫌いです。1日1秒も考え事をしたくないほど、嫌いです。何もしないでいる時間を作られると、「考え事」しかできなくなるので、常に何か情報をインプットしようとしています。だからカバンにはいつも読みかけの本と新品の本が入っています。

なんでそんなに”考え事”が嫌いかって?それは、どんなことでも、つきつめて考えると、文字通り根源的なあの問題にぶち当たるからです。自分の頭では絶対に理解不能と思え、自分の心を絶望の淵に追いやる、あの根源的問題が頭をもたげるからです。

でも、”考え事”から避け続けるのは不可能でした。だって、社会のルールに従っている限り、どこかで何もしないでひたすらじーっと待ち続ける時間を与えられてしまうから。直近で、あの根源的問題が襲ってきたのは、先月の簿記3級の試験用紙を配られてから、試験開始までの2、3分の間でした。

こうなると手が付けられなくて・・・あれから2週間くらいは、ずっと頭から離れなくて、かなり消耗してしまいました。これほど悩んだのは、小学校2年生の2学期以来です。あの時は、転校したばかりで友達がおらず、一人で机にしがみついて考え事をするしかやることがなかったのです。

そろそろ「いやいや、お前はなんの話をしているんだ、どんな深刻な問題を抱えてるんだ、もったいつけないで言ってみろ」というツッコミが聞こえてきそうなので、一言でこの問題をまとめると「死」をどう理解するかです。

簿記をやっていようが、仕事を頑張っていようが、家族と団欒を過ごしていようが、結局その先に待っているのが「死」であることの理不尽さと恐怖。これをどう乗り越えたら良いのかが、全くわからないのです。今までは「考えない」「保留」「先延ばし」という答えを持って生活をしていたのですが、年々時間の感覚が早くなり、身体が年をとったことも感じ始め、少しづつ死を意識せざるを得ない状況となってきました。このままいくと、死の直前で「あっという間だったな」と思いながら、自分が死んだらどうなるのかわからない恐怖に支配されながら、この世を去るのかな、なんて考えると怖くて仕方ないのです。さらに今が恵まれすぎているのが大きな要因と思います。結婚を控え、マンションを買い、幸せいっぱいな日々を過ごしているから、それを失うのが怖くて仕方ない。こういうのを死恐怖症(タナトフォビア)と言うらしいですね。

自分が死んだら、愛する人たちとも離れ離れになって。無意識が無限に続いてくっていう世界を想像してゾッとなって。でも生き続けても結局、地球にだって寿命はあるし、宇宙にだって寿命はあるのかもしれない、結局はこの世界は消えて無くなるんだろうかと考えて、目の前が真っ暗になる。そんなことをグルグル想像しながら、いつものように本屋をぼんやり歩いておりましたところ、ちょうどこんな本が売っていました。

この本の中でホリエモンがこんなことを言っています

P29 僕は死の恐怖を抱いたときに、「宇宙に果てがない」というそのことのほうが怖かったんですよね。この宇宙ってどこにあるんだろう?このなんとも言えない、ものすごい拠り所のなさ。人間はそれを理解できないんでしょうね。だって今最新の宇宙論だと、宇宙には13次元あって、みたいな話ですからね。

やはりみんな同じ世界に生きていて、同じような不安や恐怖を感じて生きているのですね、それだけでも少し安心しました。残念ながら、この本の中で、「死ぬってどういうことか」という問いへの明確な回答が出るわけではありませんでした。でも、この際だから、死について徹底的に考えてみようと決意したのが、3週間前。

それで、朝から晩まで、平日も休日も仕事中もずーっと考えて、ようやく自分なりに何かまとまりかけてきた気がするので、その軌跡をこれから書いていこうと思います。ちなみに、私が大病を患っていて、余命数週間と宣告されたから死について考え始めた訳ではありません。ただ簿記3級の試験の空き時間に考え始めてしまったから、徹底的に考えることにしただけです。