「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

街場の戦争論/内田樹

発売と同時に買い、すぐに読み終えていたのですが、なかなか手が付けられませんでした。というのも、『街場の戦争論』出版記念講演会が先週の日曜日に梅田のグランフロントで開催されまして、それに参加する前と後では印象が変わるかもしれないと考えていたからです。

結論から言うと、講演会は『街場の戦争論』に則した内容という訳ではなく、色んな話が混ざっておりましたので、この本に対する印象は変わらないままです。出版社のミシマ社の創業者である三島社長が講演会の初めに「この本を最初に読んだ時、一人にでも多くの人にこの本を読んでもらわねばらないという使命感を憶えた」というような事を仰っていました。

でも内田先生の本を読みまくって、先生をつけて呼ばせてもらっている私からしてもこの本はちょっと納得いかない。いつもの肌触りの良い、酸いも甘いも嗅ぎ分ける大人の思想ではなく、苛烈で攻撃的な本になりすぎている気がするのです。今までの内田先生はこんなこと絶対に言っていなかったという激しい内容がかなり織り込まれています。初学者ならまだしも、今までの内田ファンはちょっとビックリする内容なのではないでしょうか。この本のテーマは以下の一節に尽きると言っていいでしょう。

P43 戦争に負けるということは、こういう言い方を許して頂ければ「よくあること」です。勝つものがいれば負けるものがいる。二つに一つです。ですから一度や二度戦争に負けたくらいで普通は国家が土台から崩れ、国民的統合が失われるという様な事はありません。戦争に負けた性で国民が自虐的になり、戦勝国に文化的に従属し、その世界戦略に追随するようになるというのは「必ずそうなる」ことではない。むしろ反対です。多くの国は戦争に負けても国民的な矜持を維持し、必至で主権を保ち、国を復興しようとする。あえて口にはださなくても、臥薪嘗胆、捲土重来、「次は勝つ」というのが敗戦国民の基本的なマインドセットだからです。でも日本はそうならなかった。アメリカに負けたあとに「次にアメリカに勝つためにはどうすればいいのか」という発想をまったくしなかった。できなかった。はっきり指南すべきですが、これは異常なことです。なぜ日本は「ふつうの敗戦国」になれず、「異常な敗戦国」になったのか。僕はその理由が知りたい。

この文章をあの内田先生が書いたということが私には信じられませんでした。この文章で「日本は次にアメリカに勝つためにはどうすればいいのか考えるべきだった」とはっきり言っているのです。普段は「教育に経済原理を持ち込むな」とか「弱者をケアするために身近なところから共同体を構築していこう」ということを肌触りの良い言葉で滔々と語られている方が、国家は戦争に勝つためにどうしたら良いかを考えるべきだと言っている。いつもの立場と戦争に対する認識が私の中で線を結ぶ事が出来ない。少なくとも昔はこんなことを仰る方ではなかった。

古狸は戦争について語らない」を書かれたのは15年以上前ですが、私はその文章を読んで内田先生の倫理的立場の取り方に感銘を憶えたのです。

かつての内田先生の言葉をそのまま借りるなら「第二次大戦後の実状に徴する限り、敗戦後に国民主権を回復し、軍備拡張し、次の戦争の勝ち方について国民的議論を蓄積していった国と、自国では何も決められず先の大戦で何を失ったかを考える知性さえ失ってしまった国と、どちらがこの世界に多くの破壊をもたらすかは誰の目にも明らか」です。

「次はどうやったら勝てるか」という課題を持ち、それを克服していく事で、日本にいや世界に一体どんな恩恵をもたらすのか私には分かりません。たとえ従属国でなくても、国民に主権が戻っても、隣人ともめた時に、どうやって効率よく壊滅させてやろうか、という課題に時間と知的財産を割いている国になど住みたくない。相手の破滅を画策し、最小限の力で最大限の人間の生命力を奪うやり方を研究する人達が沢山住む街になど住みたくない。世界中から侮られても、自国では何も決められなくても、武器を捨て隣人と対話でどう折り合いをつけていくかを考えている人達と一緒に生きていた方がよっぽど晴れやかで喜ばしい。従属国でもその立場を利用して、武力や外交力とは別の仕方で世の中に貢献していけると、「日本辺境論」でそういっていたのは他でもない内田先生ではなかったか。

師と仰いでいたのでこの本を読んで、落ち込んでしまいました。私の尊敬していた師はもうここにはおりませんでした。

上記の論旨から、浅く負けた場合の別の日本の姿を語っていくのですが、そこに関してはあまり興味がないので語りません。というのも、近代以降の総力戦では、そんな「もしも話」が成り立たないからです。先の大戦は、封建領主が兵士を雇って代理で戦う職業的な戦争ではなく、国民国家の小さな主権者たる国民一人一人が自らの生命を賭して戦う総力戦争でした。負けたら参加者は給料をもらえないという次元ではなく、負けたら参加者は宿を失い家族を失い、自らのよりどころ全てを失うという信憑を共有して戦うのが近代以降の総力戦争です。だから、ちょっとだけ負けるとか。この辺で辞めとこう、という判断はあり得ない。国民に支えられている総力戦はどれだけ国民一人一人が士気を高め、戦争に身体と財産を捧げられるかにかかっている。同じ人数、同じ資源同士で戦っているのなら、国民の士気が高く、より大きな犠牲を払っている方が原理的には強い。だから、戦況が悪化すればするほど国民はより多くの献身と犠牲を自らに強いる。10-0で負けていようが、国民の犠牲によって勝利を勝ち取れるかもしれないという信憑で成り立っているのがこの総力戦ですから、51:49で試合を終了することができない。持ち弾を残して戦争を終える事ができない。0か100か、それが近代の総力戦。だから、先の大戦で日本が途中で講話しておけば良かったんじゃないのという「もしも話」は近代以降の戦争を語る上で全然意味がないと思うのです。