「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

読書術のための読書『本は10冊同時に読め!』

本は10冊同時に読め!―本を読まない人はサルである!生き方に差がつく「超並列」読書術 (知的生.../成毛 眞
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自分からは絶対に読まない本である。 読書が趣味と言ったら、会社の上司がこれを持ってきたのである。だから、読まざるを得なかったのである。 この人、マイクロソフト日本法人の社長だったほど頭の切れる人である。 おそらく、この人自身が、こういう本の無意味性を一番理解していないとおかしい。 そういう自己矛盾をはらんだ構造になっているという点で、この本は面白い。 とにかく本を推す。飲み会行くより本を読め、人と話すより本を読め、テレビ見るより本を読め、何か買うより本を買え。本を読め、本を読め、右に左に本を読め、酒の肴に本を読め、であり。 本を読まない人とは仕事を出来ないし、おしゃべりする価値もない、と言い切る。気持ち良いほど、狭隘な価値観の持ち主である。 僕自身、この本を読みながら他にも4冊ほど読んでいたのであるが、実際10冊は無理だと思う。簡単なエッセイ本、写真集、とかで埋め尽くせば冊数は増えるけども、難解な専門書は、一日数分の読書では頭に入らない。数時間頭で熟成させなければ理解できない言説というものがあると僕は思っている。だから、ここぞという時に集中して、その本を、その章を、そのセンテンスだけを読み続ける必要があると思う。そうすると当然、10冊同時読みなんて出来なくなる。(3日ごとに1ページ眺めるとかでもカウントされるなら問題ないけど、同時に読む、って言葉の定義があいまいなのだ)そして、読書の醍醐味って、頭を通り抜けていく知識を実生活に活かすことにあるのではなく、今まで全く分からなかった概念が頭に馴染み、それを通すと世界が眩しく輝いて見える、その瞬間にあるのだと思う。(あるいは絶望的に見えることもあるが、それも生きる理由である) つまり、僕と成毛さんは本ばかり読み、本を読まない人との飲み会を楽しいとは思わないという点では共通しているけれども、本を読む目的が違うのである。 本が好きなのである。最近では異常なほど。 どれくらいかと言うと、インド旅行では帰りの飛行機で本を読み切ってしまったため、国内での移動が怖くなった。すぐに本屋に駆け込み、何か読めそうなものをすぐに買ってしまったほどだ。 最近、病的になってきた・・・ でも、それがビジネスのブレイクスルーに繋がるとも期待していないし、年収1000万プレイヤーになるための方法論であるとも思っていない。本を読んだら、年収が下がり、馬鹿になるぞ、と言われても読むと思う。 読書にハマったら、人の一生はあまりに短い。 残された人生でどれだけの本に出会えるか、楽しみであり、読み切れなかったことを想像すると不安でもある。 だったら、ブログなんて書いてないで本を読めって? だって、書いておかないと全部忘れちゃうんだもん、馬鹿だから。 本を読むと馬鹿になる説、一理ある!