「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

知に働けば蔵が建つ

知に働けば蔵が建つ (文春文庫)/内田 樹
¥650
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これはトイレに置いておいて、ちょこちょこ読んでいたら4か月目にして読み終えていた。 貴族と大衆と題した現代教育論は非常に鋭い洞察に富んでいた。 現代の教育格差の問題点は、下流志向にも書いてある通り、知的水準を落とす方向に自ら選択的に働きかけているという点にある。今を楽しみ、将来の為に今のリソースを注ぎ込むことを拒否することに何の疑問も持たない。それ以上に、そのことに満足をしているのである。 そういう現状の分析ツールとして、ニーチェオルテガの大衆論を透かしてみる。 ニーチェの大衆とは、大勢の意見と一致し、みんなで行動している、そのこと自体に快感を見出す人たち。彼らの目的は皆と一致するか、そのことに尽きる。それと対置している超人は常に自己肯定し、不断の努力で人間を高め続ける。ニーチェの論理的もつれについては省略。 オルテガの大衆とはニーチェとはまるで逆。みんなと一致することで自己肯定をしている人間たちのことである。それと対置する市民が、自らを満足することなく埋められない欠落感を抱きながら内なる他者と共生しようとする人間のことである。 現代の底流志向型の大衆はオルテガ的である。幸せとは満足を知る、ということなのであれば、大衆でも良いんじゃないの?とも思う。でも、大衆迎合や知的怠慢は人類に後戻りできないほどの失敗を残すこともある。だから、他者と共生するためには市民になる必要があるのではないか・・・という論旨なのかなー。 大衆から市民に引かれている溝は深く広い気がするんだけど、それを乗り越えるために方法は何も触れられていない。ちょっとオルテガの原典を読んでみないとね。