「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

切りとれ、あの祈る手を 

切りとれ、あの祈る手を---〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話/佐々木 中
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現代思想界で話題沸騰中の佐々木中の著書。 入門本じゃないとさっぱり分からないことが多いので、ちょっと心配しながら読み始めたけど、これは非常に読みやすい! 独白のような形になっており、大事なことは何回もしつこいくらいに繰り返し語られるので、頭に入りやすい。 この本自体も一般大衆に大受けして、佐々木中フィーバーが起ったらしい。(サラリーマンしてたら知りようがないよ) なるほど、とにかく面白かった! 背筋が伸びる圧倒的正論という紹介文句も的を射ている。 大学時代かじった程度だけど、アガンベンなんて読むと、いつもいつも袋小路に入って、ぐったりする。背筋が曲がる。もう良いよ、これ。と投げ出したくなる。だから、投げ出したんだけど。 そんな袋小路を斜め上から見て笑う俊傑 佐々木中 彼の文章は正に僕の背筋を伸ばしてくれた。

誰も彼も歴史の終わりだのわれわれは潜在的にアウシュヴィッツにいるのだだの人間の歴史は終わり、すでに終末は来たのであって、もはやわれわれは人間ではないのだだのなどという駄弁を振りまくばかりです。
そしてそこから現実への現在への屈従を喧伝して回ろうとする。何なのですか、こんなことが思想の名に値しますか。われわれが述べてきた彼女ら彼らの努力を踏みにじるつもりなのですか。

こんなのはまさにフランシフフクヤマアガンベンなんかへの痛快な批判である。この後もアガンベンをけちょんけちょんに言うんだけど、やっぱりそういう観方をしている人がいたんだなと凄く安心した。なんだか僕が接してきた世界はアガンベンの論調を前提にして議論する、っていう感じだったから。

客観的で合理的で中立的で普遍的で記号化できる、つまりデータ化できる世界、データベース化できる世界。テクストは切り詰められることによって決定的に効率化されます。

統治の情報化により、括りだされたものが暴力となった。全て情報に支配された社会になって今、我々は袋小路にはまっている気がしていただけなのだ。テクストは文章だけではない。歌であり、ダンスであり、ファッションであり、絵画であり、もうなんでも良いのだ。オナニーでも、武道でも、雄たけびでも・・・身体と結びついた何かなのである。 情報と暴力と主権の三角関係から構成される世界、制度的なものの世界などというものはヨーロッパの一つのヴァージョンに過ぎない、と。ゆえに、革命とは情報でも暴力でも主権の奪取でもない。 情報化の網から一歩外へ出ることなのである。 何も終わらない、何も。 生きる元気をもらうほど、良い本だった。 でも、書いてみて何が何だか分からないこともいっぱいあった。 まだまだ勉強しなきゃなー。 本を読んで、書いてみて、頭が回転してくる。 まさに、この本のキャッチコピーそのものだ。


取りて読め。
筆を執れ。
そして革命は起った。