「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

贖罪

贖罪〈上〉 (新潮文庫)/イアン マキューアン
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贖罪 下巻 (2) (新潮文庫 マ 28-4)/イアン マキューアン
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英文学の新たな古典、現代小説の到達点、究極のラブストーリー、と評されるイアン・マキューアンの傑作中の傑作。

本屋の文庫コーナーをぶらぶらしていたら、書店員さんのオススメで置いてあり、表紙の写真が目を引いたので買ってしまった。現代ホラー小説になれすぎたせいもあって、英文学は少し馴染みにくく、読むのに一カ月以上かかってしまった。

だが、これはすさまじい小説だった。上記に挙げた賛辞では足りないほどの傑作であった。 目次を観れば分かるが、構成は一部二部三部とあともう一つ、全部で4つに分かれている。なんで四部じゃないのかと少し違和感を持つと思う。まさにそこに仕掛けがある。

1部の舞台はイギリスの片田舎の旧家。タリス家の兄妹と使用人たちの一日が、それはそれは恐ろしいほど遅々として流れる。これほどまでに精緻な描写は今まで読んだことがなかった。三島由紀夫の書き方はくど過ぎて全く読む気にならなかったけど、この描き方は引き込まれてしまう。透明感がありながら、気だるく生温かい、美しい空気の流れを感じさせながら、どこか窮屈でいたたまれない、そんな夏の時間がいろんな人物の視点で描かれ、時系列的には重なる場面も多々ある。 こんな小説があったのか と僕には衝撃だった。

物語は、少女ブライオニーの内向的な虚栄心と正義感が引き起こす一つの事件に向かって、語られる。

2部の舞台は第2次大戦中のフランス。ロビーの戦地からの地獄の撤退が生々しく描かれる。ここから少し違和感。1部の描写とは全然違うのである。改行の仕方や場面の変え方まで違うのだ。まるで、違う小説を読んでいるかのように・・・

3部の舞台は大戦中のイギリス。戦争中の日本を映画いた作品は何度も観たことがあるけど、イギリスではどんなだったのか全く想像もしたことがなかったから、結構新鮮だった。戦勝国といえども、アメリカがいなければドイツにやられっぱなしだったんだなぁ、とこの時知った。ブライオニーの決心。贖罪。

ここから僕の心の中を実況すると 罪を犯しても、それを気にせずにのうのうと生きる人が多い中で、彼女は偉いなぁ、などと感じていた。実体験を重ねながら・・・ ふむふむふむ・・・ ? ブライオニー?ロンドン?一九九九? 次の章は ロンドン、一九九九 え・・・ああぁあ、 ? ???? ???????????????? ! !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!! あぁ・・・・ブライオニー・・・・セシーリア・・・・・ロビー・・・・ という感じ。 この小説が現代小説の到達点と言われる所以、1部が精緻な描写に貫かれていた理由、2部以降の違和感・・・全ての謎が解ける。

これは、イアン・マキューアンの小説でありながら、大半が彼の小説ではない。でも、彼の小説でしかあり得ない、というメタ小説だ。

彼女は物語の中で贖罪を果たそうとした。

結局、贖罪など可能なのだろうか、否、不可能であった。小説家には贖罪などありえない。 だが、川のように流れる意識を、知覚を、思考を、感覚を表現できる小説だけが、過去の人間に息吹を与えることができる。未来の人間に感知される対象として浮かび上がる。ここに残された可能性があるのかもしれない。 生きるためには『物語』が必要なのだ。 小説の新たな可能性を提示した、歴史に残る名作。 想像の斜め上をいっていて、他に語る言葉が思い浮かばない。 物語るとはどういうことなのか、小説を書くとはどういう行為なのか、その辺をもっと理解しないと、この小説の真意は掴めないな、と自分の無学を恥じる思いだった。