「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

玩具修理者

玩具修理者 (角川ホラー文庫)/小林 泰三
¥500
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また、恐ろしい本と出会ってしまった。 この本が出た時、ホラー界に激震が走ったことは容易に想像できる。 ホラーとロジック、グロとフィロソフィーの並列と融解。 ホロジカルグロソフィーという新たなジャンルを確立したと言って良い。 まず主題にもなっている短編『玩具修理者』 幼い頃に女が出会った、どんなものでも治してくれる存在『ようぐそうとほうとふ』のお話。 この話が革新的だったのは、「直観に突き刺さる問答無用のグロさ」と「ロジックを突き詰めてぶち当たる人間そのものの曖昧さへの恐怖」が並列して語られているところだ。 恐怖というのはつまるところ「なんだかわからないこと」への不安から生まれるものだと思う。暗闇が怖いのはそこに何があるかわからないから。幽霊が怖いのは、物体として感知できないし、存在する合理的要素が判明していないから。サイコパスが怖いのは常識では考えられない行動を起こすから。とまぁ、ざっと挙げるとこんな感じ。 だから、ホラーっていうと「なんだかわからないもの」を日常生活の中に突如出現させて人々を恐怖させるというやり口が多い。というか、今まで読んだものなんか全てそういう要素から成り立っていたと言って良い。 でも、小林泰三が紡ぎだす恐怖は、さらにその奥にある。それは「わかっているとおもっていたこと」が実は「何もわかっていないこと」だと暴きだすことである。本当に恐ろしいのは、ロジックを突き詰めたその先の越えられない壁の奥なんじゃないの?そして、その壁自体にも恐怖は宿るし・・・ん・・・ちょっと待って・・・なんでそのロジックっていうからくりを信じてるの?と疑問を突き付けることによって、読者の安寧の場所から引きずりおろす。人間の思考回路を解体し、地獄に突き落とす。 そして、この『玩具修理者』すら霞むほどの奇書『酔歩する男』 時間とは時間を感じる脳の作用によってしか存在しないとし、その脳作用を取り除くことによって、無限時空旅行に放り込まれてしまう男の話。 これのただの残酷なタイムトラベルホラーとして捉えてしまうと『秋の牢獄』とそう変わらない感想しか持てないかもしれない。この話が秋の牢獄とは圧倒的に違うのは全ての合理の先か手前か、である。 秋の牢獄は美しいまでに完成された合理の世界であった。どうあがいても因果を止められない。この日が動くのを止めることができない。何ものかが支配しているという意味で、心によりどころを持てる。どこかにこの世界を理解し、コントロールできるものがいる、ということが心に平和を与えている。 それに対して、この話は因果律が崩壊した世界・・・合理を突き詰めて行きついた理解不能な世界。しかも、誰かが作り上げた新しい世界なのではなく、今までもそこで生きていた世界・・・ただ気付かなかっただけ・・・本当は、理解不能な世界しかなかった・・因果律を鵜呑みに出来た知的怠慢を羨望するしかない・・・ここには支配者などいない・・・誰もコントロールできない・・・時間も空間もわたしもあなたもない・・・ きみはだれだろう・・・わたしは手児奈・・・ 読んでいるうちに本当に頭が狂うかと思った。 科学と哲学の要素がうまく絡み合っており、現代物理の独自の解釈を突き詰めていき、読者の世界観をバラバラに砕いていくくだりは『ドグラ・マグラ』に通じるところがある。 今年最高の奇書だ。一生忘れられない一冊となった。 小林泰三・・・まじで・・・頭が良すぎるのか・・・狂っているのか・・・本当に恐ろしい・・・。