「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

永遠の0

永遠の0 (講談社文庫)/百田 尚樹
¥920
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話題の小説だ。両親が勧めてきたので読んでみた。 はっきり言って、あんまり戦争を扱った本って読みたくなかった。学生時代に没頭しすぎて、もうやめとこうと思っていたのである。かずかずの情報を目の当たりにして、自分の立ち位置をニュートラルにしておくことができないと判ったからである。どうしても、自分の価値判断に基づいて当時のことを断罪しようとしてしまう。でも、それって非常に自分勝手で恐ろしい。過去の戦争を賛美する右翼も、全てを否定する左翼も、どちらも醜いと思う。どちらの土俵にも立ちたくないである。でも、こだわりがあると、なにかをきっかけに感情が高ぶってしまうかもしれない、結局どちらかの土俵に上がらされてしまうかもしれない。それがいやなのだ。 つまり、あの戦争に関しては、どういう考えを持っても、結局は誰かと対立することは避けられない、非常にセンシティブな問題なのである、と一旦、思考を保留しておいたのである。 今は、「触らぬ神に祟りなし」という考えに至ったのである。 でも、この小説が出てしまった。もう読んでしまったのである。喫茶店で読んでいても、感情が高ぶって、涙が止まらなかった。 多分にもれず、この小説も、イデオロギー的要素を纏っている。なんらかのポジションを取っている。この題材を扱っている以上、それは絶対に避けられない。数々の批判も浴びていようと思う。けれども、読んで良かったし、みんなに勧めたい1冊であることは間違いない。 仕事と結婚に揺れる姉の慶子と司法留年中ニートの弟、健太郎が、特攻隊で散った実の祖父、宮部久蔵の人物像を辿る物語である。 二人は宮部を知っている人物にインタビューをしていき、彼らの証言が物語の大半を占める。いろんな人物を登場させることで多角的な視点や歴史観を示し、できるだけ中立的な立場をとろうとしている読者の意図はすごくフェアだとは思う。でも、その試みは決して成功しないんだと思う。(軍部の中枢批判は結果論的な要素も多いし、現代の価値観でそのまま断罪することに躊躇も観られない気がする。さらにジャーナリズムへの痛烈は批判はかなり一方的に決着してしまう。) さて、彼らの語る物語は当時の思いが生々しく表現される個所もあれば、大局的な戦略や戦場でも戦術の話まで多岐に上る。でも、序盤、中盤は、大局的な視点が多いように思う。 はっきり言って、戦争の大局的描写や戦術の話なんて、半藤一利や高木俊朗の本で読んだし、そちらの方が詳しく書かれている。参考文献の「ドキュメント太平洋戦争」も全巻大学1年の時に読破したので、彼らの描写のほとんどは、もう「うんざり」した気持ちで読んだ。 それは作者が悪いんじゃない、書き方が下手なのでなく、僕の個人的事情による。 また、その話か・・・としか思えないのである。もう取り返しがつかないことを何度も言われても、辛いだけだ・・・・。 そういうわけで終盤まで「別に読まなくて良い本だな」と思っていた。戦争小説なんてゴマンとあるんだから、なぜ今の世になって、この本を読まなくてはならないのだ、と思った。 でも、終盤になって、その考えは一掃された。戦局の描写も彼らの感情に焦点が当てられていくからだ。特攻隊員がどんな気持ちだったか、家族たちはどんな思いで見送ったか、戦後を生きた人々はどのような暮らしを強いられてきたか、これは何度聞いても、辛いけど、それでも力強く生きる人々に勇気づけられるのである。 きっと作者はこの気持ちを伝えたかったに違いない。そういう意味で、この本はものすごく教唆的な本だと思う。教科書的と言っても良い。明らかに「こう受け取って欲しい」という意図がある。 主人公の慶子は、当時を精一杯来た祖父たちの話を聞き、自分に正直に生きていける人生を選択するし、健太郎は半ば投げやりだった司法試験に再度挑戦する気持ちになる。 慶子や健太郎は、戦後を生きた人たちから観た若者のプロトタイプなのかもしれない。そんな彼らに当時を生きた者たちがしてやれることはなんだろうか、と考え、その結論が「私たちの生き方を示すこと」だったんじゃないだろうか。そのことで精一杯生きた時代の命が無駄ではなくなる、そこからまた希望が見出せる。 はっきり言って、そんなのおせっかいである。それぞれ好きなことして生きて良い時代に、おやじたちにそんなこと示される筋合いはない。 でも、それさえ判ってて、彼は物語る。壮大な愛を貫いた彼らの意思を伝えようとする。美談にすることが許されないと知りながら。 なぜか。 今を生きる若者たちのためならどんな悪者になっても良いという覚悟が、そこにあるからである。 この意志は高く評価したい、素晴らしい小説だった。 高校生くらいに読んでほしい。