「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

向日葵の咲かない夏

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)/道尾 秀介
¥660
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直木賞作家である道尾秀介の最大ベストセラー。一昨年くらいから話題になってすでに90万部突破しているらしい。

これを読んだ人の感想を事前に聞いていて「こういう方向で驚くとは思わなかった」とのこと。 ずいぶん期待して読んだ。 ・・・・・。 うわあ って感じ。 物語の最初から最後まで違和感がありまくる。もう最初に判る人は判るのかもしれない。 僕は「妹は人間じゃないな」とは思った。犬かと思ってた。 まぁ、酷い話だな、こりゃ。 アンフェア変態サスペンスというジャンルと言って良い。 一人称で語られる物語の、その主体である彼の頭が狂っていた、というオチ。まぁなんでもありだよね。 誰もが自分の主観を通してしか世界を把握できないのだから、絶対的な客観性というのは原理的にはありえない!という擁護論もあるけど、これを読んだあとに与する気持ちになれない。 そんなことは分かっているのである、著者がどんなに中立的な立場で語っても、それはバイアスがかかった世界を映している。そしてそれを読みとく読者も自分の世界観で物語を再構築することになる。 だからこそ小説とは無限の可能性を持っており、読む人の心を駆り立てる。 でも、この小説はその入り組み方が気持ち悪い、非常に気持ち悪い。姉飼を楽しいと言って読む僕が気持ち悪いと言っているのである、もちろん種類が違うけど。 一人称で過去を振り返る形式なのではない、一人称の語り口で今起こっている事象を物語っているのである。 にもかかわらず「いま、これがこうした、僕はこう思った」というのは嘘だから気持ち悪いのだ、ウザいのだ。 一緒に経験しているのに、彼が嘘をつける道理がわからない。 後で、またあのとき本当は違ったんだと開きなおるけど、彼はまちがいなく自覚的に幻想世界の中で生きていたのだから、絶対に現実世界を知覚しているのである。現実で起っていることに対して想起することもあったはずである。それが語られず、幻想世界が完全なようなそぶりを見せる語り口は、吐き気がするほど気持ち悪かった。 現実なんて全て不確かなんだから、幻想の中を綱渡りする各自が織りなす物語の力を信じよう? ダメ、この小説は違う。 彼は幻想の中に生きていない、ただ我々を欺くためだけに現実世界をゆがませただけ。多面的な読み方を許容するような構成になっていない。 確かに言葉づかいは巧いし、文章力も凄いと思う。 でも、もう絶対、この人の本は読まない。 なんで、こんなに特殊な変態小説が大ヒットしているのだろう。絶対万人受けしないだろ。 やっぱり、出版社や書店が売りたいと思った本が売れる業界なのだろうか。 もっと良い本いっぱいあるんだから、そっちを売ってほしい。