「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

下流志向②

2つ目 なぜ働かないのか これも等価交換ルールの浸透によって説明できる。 自分が働いた分のリターンがないと働く価値がない。でも、企業で働くということは、必ず自分で稼いだ分の数割が掬い取られてしまうということである。 だって、設備投資しなくちゃいけないし、株主に還元しなくちゃいけないし、研究費も必要だし、裏方の人の給料だって必要だから。 そういうわけで、自分以外の人が働いている会社の中で自分が稼いだ分=自分に返ってくる報酬となることはあり得ない。

コストパフォーマンスで考えれば労働ってものすごく効率が悪いことなのだ。苦労して汗水たらして働いても企業にうまみを吸い取られて残りかすだけをもらうような生活なんて、経済合理性を絶対の基準にしている人の選択肢に入るわけがないのである。 何もせずに好きなことだけして生きていけるのであれば、ニートの方が合理的な選択と言えるのだ。ニートに合理的な理由で働けと説得することはできない。

彼らが欲求するのは個性的な自己表現に相応の対価を与えられるクリエイティブな仕事とか、最小の労働で最大の効果を生み出すかっこいい仕事のみになる。 ホリエモンが支持を獲得した理由もここにある。 ここで内田先生はすごく面白いことを言っている。

彼は金が手に入ると六本木を見下ろす家を買い、ブランド物の服を身につけ、自家用ジェット機で旅行し、野球チームとテレビ局を買おうとし、最後は宇宙旅行に行きたいと言っていました。これらはどれも「六歳の子どもでもそれをほしがる理由が理解できるような欲望」の対象です。

た、確かに・・・。と思ってしまった。 ホリエモン的には御船団方式の放送界に風穴を開けたいとか、いろいろ理由はあったんだろうけど、確かにすごく子どもっぽい買い物の仕方に見える。それだけ純粋とも言えるのかしら。 六歳の段階で消費主体的を確立し経済合理的行動を突き詰め、さらに才能が後押ししたら、こういう行動に出るだろうという典型パターンかもしれないね。 労働ということにどんな目的を持つのかは、人それぞれで良いと思う。お金を稼ぐことがゲームとして純粋に楽しいっていうのだって立派な目的だし。 問題は費用対効果で労働を考えないこと。自分の投資する時間と苦役=収入という風に規定しないこと。 収入+αがそこにあるはずだから。


交換における真の賭け金、等価のものを交換することでもないし、安値で高価なものを買いたたくことでもなく、交換をきっかけにして、交換を可能にするもろもろの人間的価値を創出することにある。

そーなんだなー。 金で買えないものを手に入れるために働くってことだなー。 贈与を受けてしまった後、労働の場に参入せざるを得ない中で、僕がしなくてはならないことはただ贈与のみである。等価交換ではなく贈与。それを遂行するために自分に身につく、能力、知識、人間関係、が+αだってことだな。 経済合理主義の貫徹では労働市場で大成功するか、退場するかのどちらかしか道はない。 だから、ここに人間的価値の創出という新たな視点を導入して日々を生きていこう。 そういう話である。 とても良い本だった。