「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

こんな日本でよかったね③

P189 女子大の「実学志向」は自滅への道 この章は全部引用したいくらい全部衝撃的だった。 ・男女は同一の社会的リソース 権力、威信、財貨、情報、文化資本などを競合的に奪っているという認識が支配的になりつつある ・世界中の人間が求めるものが全て画一化され、規格化される社会こそが資本主義がもっとも効率的に作用する社会である。 ・女子大の実学志向とは「グローバル経済の要望する人間にジャストフィットするように教育を規格化・同質化・効率化」することである。つまり男女の均質化である。 ・男女の均質化を進めてきたツケが出てくる→自分自身の唯一無二性の喪失、労働条件の悪化、消費欲望の肥大化、生物学的多様性の軽視(環境変化への適応可能性低下) 結果として、みんな同じ感じの人ばかりになってつまらない社会だし、誰だってできる仕事ばかりしかなくなるから労働環境も悪くなり、環境がガラっと変わった時にバタバタ倒れてしまうよということ。 だからこそ、女子大の実学志向に異を唱えるわけだ。 グローバル資本主義の潮流から敢えて、逃れる道をゆくべきである、と。 権力、威信、財貨、情報、文化資本だけを人生の価値基準にすることを教え込むような教育ではいけない、と。 このことは女子大に限らず「アカデミックな場であるところの大学」はすべてそういう意識は持ってた方が良いんじゃないか、と思う。 このことと関連して、小学校からの英語教育とかも、まさに現代の資本主義一辺倒な思想を反映していると見て良い。外国語を習得することが全て資本主義的な要請とは言えないけど、『英語』を『小学生』から学ぶというのはまさにお金を稼ぐために、という動機が透けて見えているんじゃないか。 異文化交流というんだったら、別に、フランス語だって、ドイツ語だって良い。 でも、グローバル資本主義の波に乗るのであれば英語の方が良い。そして、早めに習得しておいた方が良い。 小学校で英語教育をやるということは小学校の時から「グローバル資本主義の波に流されないために努力しなくてはならない」と教え込むことである。 初期の学習の動機付けから資本主義的価値を刷り込む仕組みになっている。 実はこれが一番の問題点なんじゃないかと思う。 語学は楽しいのだ。 興味のある人だけが興味のある言葉をやれば良いのに。 フランス思想を学びたかったらフランス語を読めた方が良いし、ブラジル人を口説きたかったらポルトガル語で愛の言葉を覚えたほうが良いし。 何も、小学校から「ビジネスで役に立つから!」という動機付けをするこたぁないのに。 と、こんなことを思った。 おわり!