「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

こんな日本でよかったね 構造主義的日本論 ①

こんな日本でよかったね─構造主義的日本論 (木星叢書)/内田 樹
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内田樹先生の本を買いまくって読みまくっているところ。 この本も読んでいて「ああ、なるほどお」と思うことが何回もあった。 毎度毎度、独創的な視点を提供してくれる、本当にすごい人だなぁと思う。 中でも考えさせられたポイント。

P44 母語運用能力について 「分岐点がない言語」というのはストックフレーズのことである。
ある言葉を選ぶと、そのセンテンスの最後までが「まとめて」出力させるようなフレーズだけを選択的に言い続ける人がいる(校長先生の朝礼の言葉とか議員の来賓祝辞を思い浮かべればよろしい)
ある語の次に「予想通りの語」が続くということが数回繰り返されると、私たちはその話者とコミュニケーションを継続したいという欲望を致命的に殺がれる。
「もう、わかったよ。キミの言いたいことは」
というのはそういうときに出る言葉である

ものすごく納得してしまった。会社に入ってものすごく感じていたこの退屈感、既視感、というか既聴感の原因はこれだったのか・・・。

このストックフレーズばかり言う人というのは相当数いる。というか、仕事というのはストックフレーズを右から左へ流すことなんじゃないかと疑えるほどみんながみんなそうなのだ。

みんな同じことばかり言う。同じ人が同じことを言う。何回も言う。「ああああ、もう分かってるよ!!!うっせぇええええええ!!!」と何回も思う。一日何回もだ!別に同じことを質問しているわけじゃない。というかこちらに喋らせない。一回言えば分かることばかりなのに、ストックフレーズを何度も繰り返すあの連中は何なんだろう、と考えると、おそらく気に入った言葉を繰り返すことって喋り手にとっては結構快感なのかもしれない。

英会話学校で習ったばかりのフレーズを道端で外国人に道を聞かれたときに使ってみる、通じた!という時の快感と同じだろうか・・・。あと、管理職の連中は部下には何回も同じことを言わないと理解されないと考えているのかもしれない。それだけ人間の頭には知識が定着しにくいということかもしれない。でも、俺はもう分かったから、時間を奪わないでくれ!って言いたい、

言葉に出すと角が立つから、「あなたの言うことはもう分かったから、すっこんどいて下さい」という意味をやわらかく伝える装置みたいなのがあれば良いのにとよく考える。ウルトラマンのカラータイマーみたいにピコンピコンなってくれねぇかなぁ。

お客さんと喋っていても、同語反復ばかり。「不景気で困ったねー」「お宅は海外が調子良いからいいよね」「昔はこんなに凄かったんだ」とかね。

よくよく考えてみれば、その問いかけに対して、自分の応答も常にワンパターンだったなぁ。営業トークなんて雛型があるわけじゃないけど、上司とか先輩とかが喋っている調子を観て、「ああぁ、こうやって仕事に結びつけていくわけか」と学んでいった。だから、到着地点が決まっているわけだから、そこへたどる道筋も限られたものと思っていた。 でも、本当はそうじゃないかもしれない。自ら分岐点を閉じてしまっていたわけだ。会話の細かい分岐点を拾っていくことが「くだらない同語反復ばかりの仕事」からの脱却かもしれない。

・・・ということは、自分の応答によって相手の思考パターンを狂わせるような、アクロバティックな言葉を用意しなくてはならないんだなぁ。

自分が勉強するっきゃないなー。 眠いから続きは今度。