「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

鉄の骨

鉄の骨/池井戸 潤
¥1,890
Amazon.co.jp

仕事の勉強に、と思い手に取った一冊。

帯には

談合って犯罪ですよね?

会社とやばい

彼女とやばい

と書いてある。

建設会社に勤める若手社員が主人公の青春経済小説

寝る前に少しずつ読んで2週間。

業界のことを全く知らなくても読みやすい。表現も陳腐でなく、分かりやすい。芸術的とか文化的という評価にはならないのだろうけれども、経済小説としては非常に親切な書き方だ。

帯の通り、談合と会社と恋愛がメインテーマ。

大抵の会社と同じで建設会社も仕事内容は現場と事務の二つに分かれている。技術系で建築現場に携わっていた主人公がふとしたきっかけで事務方の業務課へ異動を命じられる。

公共事業や民間工事を取るために存在する組織、業務課・・・通称・・・「談合課」

その談合課に関わる人たちが、それぞれの立場で思い思いに仕事に取り組んでいく姿は、輝かしくもあり、悩ましい。まさに清濁併せ持つ業界の体質を暴いているように思う。

今関わっている仕事を遂行するためには、いろんなものを犠牲にしなくてはならない。そんな主人公の姿が今の自分と重なったような気がする。当たり前のサービス残業、家族と会う時間もない。一日中会社の人と仕事のことで頭を使っているのだから、知らないうちに、自分の価値観が変わっていく。恋人も同様に変わっていってしまう。

業界の闇の部分を分かりやすく、しかもドラマティックに描いてくれたのも良かったのだが、登場人物も魅力的だった。

特に主人公の彼女が個人的に好きだ。

仕事で彼氏とソリが合わなくなった→会社の先輩が素敵→でもやっぱり彼が好き

というような、ファッション誌の週間着まわしテクのミニ小説のような単純な思考を持っていない。

選択がすごくリアルなのだ。献身的でもなく、独善的でもない、本当にありふれたリアルな人間なのだ。どうしたら良いか迷いながらも、罪悪感とも向き合えない。迷いながらも決断をするのだ。決心した、というよりも、決断を下した、という感じ。これでいいのか分からないが、そうやって生きていくしかない。

そんな人間だった。あり得ないほど純粋な恋愛模様を片方で演じているような小説が多い中で、彼らの恋愛は妙にリアルで、それが逆に清々しかった。

読み物としてはすごく面白かったから、みんなにオススメしたい。

もう同期にはオススメした。

せっかく、勉強のために読んだので、ここで少し業界の体質について考えてみようと思う。

談合の功罪について。

法的にはもちろん罪だ。独占禁止法違反だ。自由競争を阻害するからだ。でも、大型の公共物に関しても、そこまで自由競争をする必要あるのだろうか。小説の中でもあるのだけれど、自由競争の中では値段が全てである。安いものが勝つ。構造物の品質の結果などすぐに分かるものではないから、まだ平気だ。しかし、長い年月がたった後はどうなるか分からない気がする。

たしかに普通に考えてみれば談合なんておかしいと思う。バブルのころなんて、字も読めないようなオッサンが土建屋を初めて、大儲け。車はベンツ、家は大豪邸。ロスでヘリコプターの免許を取りに行った、なんて話もザラだ。それは多額の利益が出ているから。競争社会の中で大した企業努力もせずにそんな法外な利益が出せたのは、文字通り法外なことをしてきたからである。こういう昔の話を聞くと、虫唾が走る。本当にムカつく。お前の道楽のために無駄な税金が使われたのか、と思う。

でも、今は状況が違う。公共事業が激減し、どこの会社も生きていくのが必至だ。工事単価も下がりっぱなし。「前回、これだけの金額で出来て、施工業者も利益を出したのだから、今回はもっと安くできるだろう」という読みの連鎖で、毎年毎年安くなっている。それでも、やってきた。利益を出せていた。でも、もう無理な時が来ているように感じる。元請けが利益を出すためには、下請けが叩かれているのだ。しわ寄せは常に弱い方にいくものである。

小説の中にある例えだけども、90億円で可能な工事があるとする。その金額は下請けをたたくだけたたいて自社に少しだけ利益が出るようなぎりぎりの金額である。自由競争であれば、この金額で受けざるを得ない。しかし、談合をすれば100億円で受注できる。そうすれば10億円利益が増えるのである。果たしてその10億円は社会への背徳の10億円なのだろうか。その10億円は今回の工事とは別な使い方をされるべきなのだろうか。

普通の企業の感覚からすれば、その通りである。企業努力をしろ、の一言に尽きる。でも、公共事業って文字通り公共的なものである。「あ、壊れちゃったから回収します。弁償しますから」では済まないことだってあるのだ。脆く安い資材を使って、腕が悪く安い業者を使って作られた建物は公共の利益に適っていると言えるのだろうか。

その10億円があれば、しっかりした資材が使えるかもしれない、腕のいい職人さんを雇えるかもしれない、技術は一人ひとり違うものを持っているのだ。安ければ良いというものではないのだ。払われる金額によってやる気や割ける時間も変わってくるのだから、人ひとりのなかでもいろんなレベルの技術がある。その10億が命を左右する技術に使われるかもしれないのだ。その10億で助かる命があるかもしれないのだ。

公共益の観点からもう一つ言えば、経済効果も大きい。その10億円がばら撒かれるのである。死にそうだった下請けの人たちが救われるかもしれないのだ。ああいう連中は、貯金とかいう観念がない人たちが多いので、すぐに飲みにいって使ってしまうかもしれない。さらに、それで金が回るというものだ。

昔は義理人情の業界だったのに、最近は金額のみ、の関係が増えてきているようだ。昔から面倒見の良かった人の良い業者が潰れ、他者を出し抜くことに長けている経営者が台等してきている。

資本主義の宿命かも知れないけど、少し哀しい気持ちもしてくるよね。

ここまで書くと談合推進論者みたいだな。分かってる、分かってるよ。上の例えは全て談合を良いものと捉えて全て良い方向に向かった場合のシュミレーションだって。

実際は、すべて経営者の私腹を肥やすことに使われるかもしれないし。談合によって裏金が斡旋した個人の懐に入ったり。負の面だって山ほどあるのだ。

まとめてみる。

社会をマクロな視点で見ると、談合は悪だと思う。神の見えざる手によって市場はうまくコントロールされるはずなのだから、企業努力の足りない会社は淘汰されれば良い。談合などという古いしきたりがあるからこそ、この業界は生まれ変われない。一度、倒産ラッシュを迎えて、そこで生き残った企業だけが背負っていけば良い。市場にさらされて危機を乗り越えた企業こそが強くなるのだから。今の日本のトップ企業はみんなそうなんだから。なに建設業だけ、甘えてんだ、馬鹿。

すごくミクロな視点から見ると、必要悪な気がしてくる。建設業は雇用の受け皿だ。就業者は500万人近い。一度倒産してみろ、っていうけど、その時の彼らの生活はどうすんの?建設業だけじゃない、それを取り巻く資材やら物流やら機械やら飲み屋まで、500万どころじゃない、みんな巻き込んだ不況が起こるよ?人間対人間として業界の人たちと付き合っていると、とてもマクロな視点からの正論を言う勇気は出なくなってしまう。生活のために談合を容認してくれ。

うーん、白黒つけられない。

献身的にも独善的にもなりたくない。

決心も決断もできない。

どうしたらいいのか分からない。

俺も、主人公の彼女のように第三の道を探してみようかな。

いろいろ考えさせられた良作でした。