読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

アドラーの心理学 嫌われる勇気

人文科学

話題になったのはもう2年前なのでしょうか。本屋でいつも大きく宣伝されていたのですが、タイトルに魅かれなかったので手に取ることはありませんでした。だって「嫌われる勇気」という本をタイトル買いするということは、”今は嫌われる勇気がない→みんなに好かれようと行動している→おれみんなに好かれている”と言っているようなもんじゃないですか。”おれ、ふだんはみんなの人気者なんすよー、でも最近それが疲れちゃってー、おれらしくやりてーっつうか?おれのことだけわかってくれる連れだけでいんすよ、ぶっちゃけ”みたいな空気が出ちゃうじゃないですか。

実際の私はみんなから好かれようとふるまえるほど器用でもないし、エネルギーもない。たぶん頑張っても出来ない。”嫌われる勇気”を持っているというよりは”好かれる技量”を持っていないと思います。

そんなある日、大学ゼミのOB会の途中で、それぞれ読みたいマンガをそれぞれ一冊タイトル買いしよう、ということになり(酔ってたんだな)、手に取ったのがこれ。

「嫌われる勇気」を手に取るのをはばかっていた人間が取ったのが「モテるマンガ」!しかも二巻!OB会で現役女子大生からモテるにはどうしたら良いのか必死だったのです。

このマンガはweb界隈では有名なゆうメンタルクリニックのものです。web上にはないお話も沢山あり、このマンガがめちゃくちゃ面白かったのです。

最近、根本的に元気が湧いてこなかったのですが、この本の数々のフレーズに勇気づけられました。「常に自分より15個上をおじさんと思え」「自信を持って生きている方が明るく元気に積極的になれる、自信に根拠なんていらない!」といった珠玉の言葉が散りばめられており、今の自分に突き刺さるマンガでした。(今思えば、女子大生といっぱいお話出来たからその日は元気になっていたんだ)

ゆうきゆう先生の「マンガでわかる」シリーズの素晴らしさを知り次に手に取ったのがこれ。

ようやくアドラーが出てきました。このマンガも非常に面白いし、分かりやすいし、元気が出ます。トラウマ等存在しない、原因論ではなく目的論、人の人生を背負い過ぎるな、大切なのはいまここ、等など。家庭や仕事で疲れ切っていた自分に染み渡る内容でした。

ただギャグ要素が多すぎて、肝心のアドラー心理学が頭に入ってこない!次はマンガではないアドラーの本を読んでみよう、ということで、ようやく

を読むに至りました。もう「嫌われる勇気」というタイトルに負ける私ではありません。”おれみんなに合わせ過ぎて疲れてんすよ”という顔をしながらレジに向かいました。売れまくったのも納得なほど、とても読みやすい本です。内容はほぼ「マンガでわかる」と同じと言って良いかもしれません。ただアドラーは実践の思想なので「こういう時はどう考えるか」というケーススタディが重要です。様々な場面でどう立ち向かえば良いのか考えるためにも、2冊とも読んだ方がより理解が深まるのは間違いありません。

私は非常に単純な性格なので、本を読んでなるほどと思えばすぐに感化されます。実際にこの本を読んで、自分の心境にどんな変化があったかというと。

1、家族との関わり方

最近あまりに疲れる、いつも元気がない、と思っていたのは重い荷物を背負いながら生きているような気がしていたからです。結婚をし、ローンを背負い、さらに子供が出来るとなると(予定はないけど)自分に大きな責任があるような気がしてくる。自分が挫けてはいけない、相手が転んだら傷を癒し、肩を組み、時にはおんぶし、苦しみを和らげようとしなくてはならない、それが家族の形だと。でも、それが1日や2日でなく何ヶ月も何年も続くとなると気力も体力ももたないと思うのです。人間そんなに強くないのだ。でも、この考え方は、アドラー的に言うと原因論に囚われています。目的論で考えてみると、私は自分一人で責任を背負った気になることによって何を得ようとしているのか分かってきます。たぶん「頼られたい」と思っていたのだと思う。私がいることによって相手が少しでも救われるなら、それが自分の喜びであると。でも、それも思い込みなのだ。背負っているのではなく、背負ったような気がしているだけ。だから相手が同じ気持ちでいるとは限らないし、やってもやっても、より荷物が重くなるように感じる。ただ一人よがりに考えていただけな気がする。ここはひとつ、この考え方をやめてみよう。もう頼られなくてもいい。行為によって感謝されようなんて思わなくていい。だって人の人生なんて背負えないもん。背負った気になるだけで疲弊して、何の意味があるのか。自分は自分のできる事しかできないので、もう無理なものは無理としよう。そんな私をどう受け取るかは相手次第です。

2、「いま、ここ」を強烈に感じること

過去は変えられないし、未来はまだ来ていない。だから「いま、ここ」を生きるしかない。もっと言うと、過去は過去です。いまとも将来とも何の関係もない。そもそも過去いま未来が直線状に繋がっている、なんて誰が言い切れる?時間が直線状であると観測した人間がいるのか?時間は戻れないし、先に飛ぶことも出来ない。ならば、時間とは一瞬一瞬に立ち上がり消えていくものという風に考えるのが正しいのではないか。ハイデガーの存在論にも同様の考え方があります。存在にはその瞬間瞬間しかない。この瞬間と次の瞬間は絶対的に「違う」。ゆらゆら燃える炎の様に、世界は刻一刻と滅び、そして立ち上がっている。次の一瞬にはこの世界の存在がすべて消滅しているのかもしれない。一瞬はいつ消えるか誰にもわからない。だから過去を悔いても、未来を憂いても仕方ないのです。過去を悔いて、いま何も出来ないでいるのは死んでいるのと同じ、将来を憂いていまを楽しめないのは悲劇以外の何ものでもないのです。大事なのは「いま、ここ」にある私やこの世界を強烈に感じること。それ以外に我々に何が出来るというのか。

3、とにかく行動すること

元々、自分とあまり関わりのない人間に対しては、相手がどう感じるのかにはあまり頓着しない人間ですが、これで良かったんだと思う様にします。自分は自分が良かれと思うことをする。というかそれしか出来ない。それで相手が嫌がったのなら残念。喜んでくれたらお互いHappy。全問正解は不可能だけれども、何もしないよりは10回やって1回相手が喜んでくれればそれで良いのだと思う。人間は自分がやったことで形作られていきます。何もしない人間はなんでもない人間としか判断しようがない。喋ったことないけど良い人。関わったことないけど好きな人、なんてないでしょ。下手でも何か自分の考えや作品を人に差し出すこと。おせっかいでも自分が良いと思ったことをやってみること。とにかく行動してみること。ダメならそれを糧にして次に活かせば良い。そうやって生きていくしかないもんね。

読むと気持ちが切り替わる。世の中の見え方、自分の見え方が変わる。とても良い本です。周りのみんなにも薦めたいと思います。