「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

ヴィーナスの命題

ヴィーナスの命題 (角川文庫)/真木 武志
¥780
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学園ミステリー。

僕の敬愛する綾辻行人先生が「まぎれもない傑作」と評していらしたので読んでみた。

リーダビリティに難があるとも書いてあったがこれを買う時はリーダビリティの意味がわからなかったので気にならなかった。

(リーダビリティという言葉を使う論評にもリーダビリティに問題があったのだ)

最初は、夏の教室のけだるい感じ、ふわっとした会話、指示代名詞ばかりの言葉の世界に少し浸ることができた。

だが、だんだん腹が立ってきた。

本当に分かりづらい。

誰のセリフなのかも分からない。

何の会話をしているのかが分からない。

そんなシーンが延々続く。

登場人物が意味不明な行動をとった、その理由をわけのわからない言葉で、誰が発しているのかわからない言葉で語られる。

だから、本当に訳が分からない。

参った。

読むのが辛かった。ごめんなさい。

じっくり読めばわかるものなのだろうか。いやだ、僕は娯楽小説くらいサクサク読み進めたいのだ。

だから、2度読む、とかしたくないのだ。

しかし、この小説は2度目の体験を読者に要求する。

2度目を読みたくなるのは、面白過ぎるからではない。

そうしないと、読んだことにならないからだ。

なんでこんなことになるのか、少し考えた。

ちょっと分かった。

普通の小説は

①登場人物がどんな人間か読者に明かされる

 

②それぞれの関係性もだんだん明かされる

③事件が起こる

④それぞれの経験や関係性から深い謎に踏み込み解決

っていうプロセスを踏む。

まあ、普通っていうか、論理的に進めるとこうなるって感じ。

でも『ヴィーナスの命題』は

③→④→①→②

っていう順番なのだ。

①と②が最後の最後だから、事件を解決するプロセスに全く読者がついていけないのだ。

なぜこいつがこんなことを言うのか、なぜこの人とこの人はこんなことをしているのか、が全く分からない。

「あの時のあれが原因なんじゃないか」

「ああ、あの人は、それ以前もああだったからな」

みたいな会話が勝手に進んでいくのだ。

読者は「あれってなんだよ」ってか「お前らなんでそんなこと知ってんだよ」と頭が?一色になる。

だから、2度目を読まなくてはならない。

つまり

③→④→①→②③→④

という読み方になる。

がなければ読んだことにならない、そういうことだ。

でも、登場人物のことを何も知らされないまま、読者を事件に放り込む手法は『ひぐらしのなく頃に』と同じと言えるかもしれない。

10年前の作品だから、魁と言えば、そうなる。

その意味では傑作なのかも・・・。

この本の価値は①→②→③→④という単調な論理を組み替えた点にある、と思った。

オススメはしない。