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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

偽りの神に抗え!『炭水化物が人類を滅ぼす』/夏井睦

自然科学

この本は強烈です。今までの世界観を大きく揺るがしてくれる良本。

炭水化物制限=糖質制限をすることで健康状態が良くなったという観測結果から、生物と栄養素の関係、人類史の中での炭水化物の役割まで大きな仮説を展開していきます。「〜なのだろう」とか「おそらくこうだ」という記述が多いのは著者も承知していて、飽くまでも仮説を展開することに意味を見いだしているらしい。でも、バカバカしいと一蹴できない内容が多分に含まれて、非常に面白い本でした。

以下、センセーショナルな部分を紹介します。

p57 6枚切りの食パン一枚には炭水化物30グラム、白米飯一膳・素うどん一玉には55グラムの炭水化物が含まれ、それぞれを角砂糖に換算すると、約8個、約14個となり、これもかなり強烈な量である。

角砂糖を丸まるかじりつくとなると、さすがに躊躇する人も、ご飯一杯なら迷わず平らげてしまいます。これが炭水化物の恐ろしさ。炭水化物は用意に糖分を摂取させてくれるという意味では、生き物にとって神の様な存在でありました。

p85 人間の生存に欠くことができない必須脂肪酸と必須アミノ酸に関しては、食事で取り入れるしか方法はないが、炭水化物に関しては、アミノ酸を材料にブドウ糖を合成する「糖新生」というシステムが人間には備わっていて、タンパク質さえあれば自分で作り出せるからだ。

栄養学の教科書には、三大栄養素として、糖質、タンパク質、脂質が挙げられており、「生活習慣病の予防には脂質を抑えろ」とか「糖質は60%前後と最も多く摂取しなければならない」とか、「比率は3:1:1が望ましい」ということが書かれています。でも、上記の通り、人間は糖質を摂取しなくても生きていけるのです。栄養学という学問体系がこの三大栄養素を元に形作られているので、そこから導き出される結論もおかしなことばかりになってしまいます。数学で言えば、公理がおかしいということです。

さらにおかしいのが糖尿病の食事療法。糖尿病患者用の食事って脂質を抑えて低カロリーに調整してありますが、なぜか米は制限されていないのです。そういえば糖尿病の人って揚げ物とかは遠慮するけど、ご飯はバクバク食べてますよね。血糖値を上げる唯一の栄養素は糖質であるにもかかわらず、最も糖質を含む米は制限されていない、これっておかしいですよね。現に糖尿病患者はこの食事で良くならないし、糖質制限を実施した患者は健康体に戻ったと言います。

p129 この食料システムを根底で支えているのは、コムギヤトウモロコシなどの穀物であり、穀物を栽培するのに淡水(地下水)が絶対に必要である以上、それがなくなってしまえば土台から崩壊するしかない。

少し話は変わって穀物と人類の未来の話。人口増加による文明の発展と経済成長は圧倒的な穀物生産を土台に築き上げてきたが、穀物生産にもいずれ限界が来るらしい。そのときに代替品となる可能性があるものは、窒素肥料を必要としない大豆などのマメ科の植物、さらに良質なタンパク質を効率的に作り出すウジ、というのが著者の意見。農業に関しての研究はプロの本を読んだ方が良さそうですが、色んな研究がされているんですね。30年後には我々の生活にも致命的な影響が出てくるかもしれません。

ここで根本的な疑問。 太る原因が糖質なら、世の中で言われているカロリー制限って何なんだっていう話になってきます。

p164 食物の熱量=食物を空気中で燃やして発生した熱量−同量の食物を摂取した後の排泄物を燃やして発生した熱量

あのカロリーって直接燃やした時の熱量を表していたんですね。でも、素人でも考えつく疑問として、体内で食物を燃やしている訳じゃない、人によって排泄する量は違う、細胞内でのエネルギー吸収と空気中の燃焼にどんな因果関係があるんだ、とツッコミたくなります。肉食動物は高カロリーな肉ばっかり食べてもスマートだし、ウシなんてカロリー0に等しい草しか食べてないのに、あんなにブヨブヨになれるのです。そう考えると、カロリーと肥満に因果関係はない様な気がしてきます。

その後、人類と穀物の歴史をたどっていくのですが、その中で面白い話を三つほど。

一つ目が、人間の胃腸は植物を摂取する構造になっていないこと。ウシや山羊などの草食動物は非常に長い消化機構をもって、腸内細菌によって栄養を摂取していますが、人間にはそれがありません。人間の消化器官は肉食に近いそうです。だから、炭水化物は人類史的にみても今まで摂取していなかったし、摂取しなくても良いという話。

二つ目は、人間の本能の中に定住する機能が備わっていないこと。定住する生き物は排泄を内と外に分ける本能を宿しています。だから犬や猫は生後数ヶ月でトイレを分けることができます。でも、天才的な芸を操るサルでもオムツをしていますし、ウシはそこら中で垂らしてしまいます。それは本能の中に定住する機能がないから。犬や猫でも数ヶ月でマスター出来ることが、知能はもっと上のはずの人間だって4〜5年かかってしまうのです。これは定住する生き物でないなによりの証拠とのこと。面白い仮説ですね。

三つ目は、穀物からみた人間の役割について。人間が穀物を栽培しているように思っていますが、穀物からみれば自らを甘くし食べやすくすることによって、他の生き物に広く繁殖させている、と考えられます。稲なんてかつては地味で目立たない一植物に過ぎなかったのです。それが生態系ピラミッドの頂点に君臨する人間に媒介してもらうことによって、世界的に自分たちだけが繁栄できる土地を占拠することに成功しました。農地の為に人間が家を建てられなかったりするのですから、地球を支配しているのは人間ではなく穀物なのでは?とさえ思えます。ミツバチが花の受粉を媒介するのと同じ様に、人間は穀物によって働かされているのかもしれません。

以上、炭水化物を巡る多角的な考察の一角を紹介しました。著者も認めている通り、穀物の多大なる恩恵を受け、人類は爆発的に増大し、政治機構を備えることができ、科学を生み出し、ここまで発展することができました。(銃、病原菌、鉄でも人類の発展の基礎は農耕であると書いてありましたね)安価で大量に糖質を摂取できる唯一の方法は、炭水化物にかぶりつくことです。それさえしていれば、過酷な労働にも耐えられたし、子孫を残すことが出来た。まさに炭水化物は人間にとって神でした。

でも、もうすぐ、そんな時代は終わるのかもしれません。経済的余裕のある人は野菜や魚を中心とした食生活に移行することで健康を増進することが出来るし、これ以上炭水化物を作れないほど地球が枯渇してしまえば、マメ食、虫食に移行しなければならない。そんなパラダイムシフトがもう目の前に迫っていることを教えてくれる良本です。今年のマスト本です。