「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

不要家族/土屋賢二

ついにお茶の水大学から退官したツチヤ先生のエッセイ集です。大学を後にした変わった事は助手ネタが減り、知り合いの三浦勇夫先生のネタが増えたこと、体調不良ネタ、病院ネタ、老化ネタが増え、同じ話を言葉を何度も使用するようになったことでしょう。(である、だろう、ではない、等)

よくもまぁ、毎週こんな他愛もない文章を書き続けられるものかと思いますが、毎週書き続けられるくらいの文章だから他愛もないのでしょう。土屋賢二という名前の人物が100人ほどいて、毎週かわりばんこに書いている可能性もありますし、土屋賢二=匿名希望、という意味でそこらへんに投稿されている駄文を切ったり貼ったりしている可能性もあります。たぶん、後者か後者じゃないか、そのどちらかでしょう。

この本でビックリしたのがいつのまにツチヤ先生のジャズピアノがプロの方達と演奏するところまで上達していたことです。プロの技がツチヤ先生の技量まで落ちたのかもしれません。ただ、全国のプロの腕が落ちるとは考えにくいので、あとは音のしないピアノが流行っている、ジャズピアノの流行は一周して初心者ほどうまいとされるようになった、ジャズピアノとはエッセイのことだ、全部嘘だ、などが考えられます。が、真偽のほどは本物のツチヤ先生の演奏を聴くまで分かりません。真偽は知りたいですが、ツチヤ先生のジャズピアノは別に聴きたくないので、確かめようがないのが辛いところですね。