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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

陰謀論には気をつけろ!『街場の憂国論/内田樹』

読み過ぎです。っていうか内田先生が本を出し過ぎなのです。 ただし、本書の内容はほとんどブログや雑誌に発表したものの再録なので、文章だけを読みたいのなら買う必要のないものです。内田先生の本をどうしても本棚に飾っておきたいという熱狂的ファン(私のような)のための書籍化と言っていいでしょう。

ほとんど読んだことのある論考なので、あまり特筆すべきところはないですが、一つだけ、心の中に燻っていた過去の違和感を綺麗に説明してくれる文章があったので引用します。

p232 「情報の良否が判断出来ないユーザー」の特徴は、話を単純にしたがること、それゆえ最も知的不可の少ない世界解釈法である「陰謀史観」に飛びつく事である。ネット上には、世の中の全ての不幸は「それによって受益している悪の張本人」のしわざであるという「インサイダー情報」が溢れかえっている。「陰謀史観」は、この解釈を採用する人々に「私は他の人たちが知らない世の中の成り立ちについての”秘密”を知っている」という全能感を与えてしまう。そして、ひとたびこの全能感になじんだ人々はもう以後それ以外の解釈可能性を認めなくなる。彼らは朝から晩までディスプレイにしがみついている自分を「例外的な情報通」だと信じているので、マスメディアからの情報を、世論を操作するための「嘘」だと退ける。こうやって「情報難民」が発生する。彼らの不幸は自分が「難民」だということを知らないという点にある。

この論旨は決してネットの情報だけに当てはまるものではないと思います。本から学校の授業までありとあらゆるところで情報リテラシーが問われています。

先日、私の恋人が学校の授業でもの凄く面白い講義を聞いたと嬉しそうに言ってきたことがありました。それを聞いてみると、どうやら社会学やらコミュニケーション学やらを扱う講義らしいのです。その学校は国家試験のための専門学校ですが、体裁として一般教養的な講義も設けていますが、ほとんど勉強しなくても単位が取れるらしい。なので、当然先生もやる気がなく、ただ先生による雑談だけで講義が構成されているようです。そして彼女が講義の内容を嬉しそうに教えてくれました。「すごい先生がいたの、お前ら本当のことを知らないだろ、俺が教えてやるって。福島の原発が起きた後、政治家の○○はあんな偉そうな事を言いながら、家族を東京から外国に逃がしたんだぞって。福島の子供達は本当はもの凄く放射線を浴びていて、○○っていう注射をすれば助かるんだけど、○○委員会がそれを隠蔽したから、何も対策が打てないんだぞって。○○総理があの時、○○っていう命令をしたから、今は取り返しのつかないことになってるんだって・・・○○を食べると本当は身体に良くないんだけど、○○会社が強いから政府は規制できないんだって」などなど。彼女は私に利益になる情報だと思って、親切心からその情報を丁寧に教えてくれたのに、私は、「ふーん、そうかなぁ、まぁ、可能性は確認しないとね」なんていうフワフワしたリアクションしか出来ませんでした。彼女は私が感心したり、感謝したりしてくるものだと期待していたのでしょう、あまりに期待はずれのリアクションに対して、彼女は激怒し、私は説得空しく、電話を切られてしまったのです。

当然、その時、私なりに考えを述べました。”どの話も本当かもしれないし、嘘かもしれないよね、証拠を掴み様がないんだから。でも、あんまり騒ぎ立てると傷つく人もいるかもしれないし、慎重に考えた方が良いよね。”と。でも、彼女はブチ切れていました。「なんなの!?なんで信じないの!?あなたの為に言ってあげてるのに、ヒドい!!最ッ低!」と言って、私をなじり、軽蔑しました。

まぁ、次の日の電話で「なんか、学校言ったら、みんな両親にその先生馬鹿じゃないのって言われたんだって。確かにそうだよね。あたしなんであんなに怒ってたんだろ、あはは」と仲直り出来たので、私たちにとって致命的な問題にならなくて済みました。(おそらく彼女の怒りは、この事だけでなく日頃の鬱憤が溜まっていてのことだったのでしょう)

ただ、私の内部では何も問題は解決していませんでした。たぶん、どんなに理説を尽くしても、当時の彼女の怒りを鎮めることは出来なかったと思いますが、その先生のうさん臭さをもっと明晰に言語化できないものか、と考えていたのです。その欲求に応えてくれたのが、上記の内田先生の文章です。「話を単純にして、知的負荷の少ない世界解釈を採用し、その他の世論を検証することなく、全て嘘だと退ける身振りを採用する人」のことを情報弱者と呼ぶのです。考えてみれば、二十歳前後の専門学生(ほとんど女子)相手に、”私はお前達の知らない裏の情報を知っている”と前置きしながら、陰謀史観を披瀝する人間などろくな人間ではありません。教育者は自らが捏造した知的不可の少ない低レベルな情報を、学生に対して無条件に植え付けるのが仕事ではありません。その情報そのものが確かなのかを考えられる知性を一緒に磨いていくのが教育者の役割のはずです。教育者が一方的に知っている情報などなくても、その役割は機能する事は、内田先生をはじめラカン先生もおっしゃっています。

一般的に、情報量が多い言説ほど、反証可能性が高い、と言えます。”アはア行である”という言説は同語反復なので全く情報量がないですが、反証可能性も皆無、絶対的に正しいと言えます。逆に”今、東京では雨が降っている”という言説はもの凄く多くの情報量を含んでいますが、反証可能性も多大に開かれています。”今”じゃないかもしれないし、”東京”じゃないかもしれない、”雨”じゃなくて雪かもしれないし、”降っている”んじゃなくて、止んだ瞬間かもしれない、そしてのその真偽は東京の空を見上げてみれば必ず明らかになる。これが情報量が多く、有意味な言説です。 対して、陰謀史観反証可能性に開かれていない、その言説はクリアカットで、今まで知らなかった視界が開けるような全能感を私に与えてくれる気がするのですが、本当は”アはア行”である、と同じくらい、情報量が少なく無意味な言説なのです。

もう一つ、古い思い出話を。大学一年生のとき、国家公務員を目指すサークルの新歓コンパに行ったことがありました。(大学一年生の春はみんな熱病にかかったようにやる気満々なのだ。)。日本を憂い、世のため人のために働きたいと、眼をキラキラさせながらお酒を飲み、意気投合した奴が居ました。彼は少し喋ってみれば分かるほど頭の回転が早く、当時からアダムスミスやらカールマルクスやらの本を読みあさって、さらにデスメタルをこよなく愛する粋な男でした。彼が経済学部に入った理由は”経済を制する者は世界を制するから”だ、そうです。ある日、彼は私に言いました。「ねぇ、なんでイラク戦争が起こったか知ってる?」…。出た…と思いました。こういう複合的に絡み合った事象に関する質問を漠然とされて正解を当てることは不可能です、だって彼の中で正解は既に一個に決まっているから。「えっと、アメリカが石油を確保したかったから…?」と私が週刊文春とかに書いてありそうな、ちょっと気障な回答をしました。すると彼は言いました「はは、うん、それもあるけどね、本当の理由を教えてあげようか。あれはユダヤ人が起こした戦争なんだよ。戦争は軍事産業が儲けるために計画的に起こすものなんだ。世界の経済を牛耳っているのはユダヤ人なんだよ」と。そこから彼は水を得た魚のように、ユダヤ人が経済を牛耳っていることを示す彼なりの証拠を並べ立てました。

ドラゴンボールってフリーザ以降、みんな吸収してパワーアップしていく敵ばかりじゃない?セルとかブウとか。あれはね、ユダヤ企業によるM&Aの暗喩なんだよ。敵対的買収で自らを肥やし世界を牛耳る力を手に入れた魔人ブウユダヤ人)を悟空の元気玉ユダヤ人以外の民族の力)がやっつけることで、みんな無意識にカタルシスを得ているんだ。」私は彼が何を言っているのかわかりませんでした、合体して強くなる物語は昔からいくらでもあるし、ってかセルもブウも戦闘力がインフレして、急に強くなる理由付けとして吸収が手っ取り早かったんじゃないの・・・?ってかそんな深い理由ある?むしろいる?、頭の中は???だらけですが、彼はさらに続けます。

「大ヒットしたミスチルの”光の射す方へ”って曲は知ってるよね。あれは完全にシオニズムがテーマだよ。”蜘蛛の巣のような高速の上”これは潤沢なユダヤ資本が街を繁栄させたことを示している。”最近エアコンがいかれてきている”これはアメリカによる中東和平のコントロールが弱まってきているってことだよ、いま中東は不穏な空気が流れているだろ。”母親が言った夏休みのある小学校時代に帰りたい”これがイスラエルの地を懐かしむユダヤ人の叫びだよ。”東洋人の顔して西洋人のふりして”これはユダヤ人そのもの、”独りきり情熱を振り回すバッティングセンター”これがユダヤ人が攻勢に出たという意味。”マスコミが怖いから結局は”メディアを牛耳っているのもユダヤ人だからね、”拍手を送るべきウィナーは存在しない”ユダヤによるイスラエルの地奪還も、アメリカによる中東地区のコントロールも、結局は誰も勝者を生まないっていう櫻井さんのメッセージだよ」

私は彼の論説に一切の反論も共感も出来ませんでした。ただ、バックで流れているデスメタルのどす黒い叫びと、聖性を帯びたギターの音色と、初めて触れる陰謀史観に頭がこんがらがるばかりでした。彼とはそれ以来、喋っていません。大学ですれ違っても、挨拶も交わさない様になりました。別に、彼の理説が間違っているから嫌いになったと言える訳ではありませんでした。ただ、肌に合わないと思ったから、会わなくなったのだと思います。

彼は今頃、私に説いたこの理説をどう考えているのだろう。まだ理があると考えているのか、恥ずかしさのあまり悶えているのか、全て忘れてしまっているのか…それがお互いにとって一番良いですね。頭の良い奴だったので、今頃、大きな会社で大きな仕事をしているのでしょう。

今回の投稿で私のこの思い出もデスメタルと一緒に洗い流したいと思います。 陰謀論には気をつけろ!