「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

砂の女/安部公房

50年前以上の作品です。没後20年で特集されていたので、つい手に取ってしまいました。さすが文学史で語り継がれているだけのことはありました。名作です。

SAW,CUBE,嘘神などと同じジャンル、いわゆるソリッドシチュエーションホラーの源流と言える作品かもしれません。男は昆虫採集のために、一面を砂に覆われた村落を訪ねる。そこの住まいは何十メートルもの砂に埋もれており、男はそこに住んでいる寡婦の家で一晩過ごすことになる。朝目が覚めると、出口への縄梯子が外されていた・・・。

男が脱出を試みるシーンなどエンターテインメントとしても良質なのですが、非常に深いテーマが伏流している物語でもあります。まずテーマが”砂”であること。この砂への執着と洞察が半端じゃありません。砂のことなど深く考えたことがありませんでしたが、なるほど非常に深いテーマです。

砂の不毛は、ふつう考えられているように、単なる乾燥のせいなどではなく、その絶えざる流動によって、いかなる生物をもうけつけようとしない点にあるらしい。…たしかに、砂は、生存に適していない。しかし、定着が生存にとって、絶対不可欠なものかどうか。定着に固執しようとするからこそ、あのいとわしい競争もはじまるのではないか。

そして、この本のタイトルが”砂地獄”でも”砂の摩天楼”でもなく、”砂の女”であるところが最も重要です、砂の女は、この集落のこの家で、自由を剥奪されながら、ただ家に入り込んでくる砂を搔き出すことだけに腐心してい生きています。男がいくら外界の魅力を説いても、砂世界の生活のバカバカしさを説いても、全く意に介しません。このやり取りがもっとも面白いです。

外で歩き回ったりしたくないのか?もう歩くのは疲れました。 世の中に悪いことをしているという自覚はないのか?他人のことなんてどうだっていじゃないですか!

家を守ることだけが生き甲斐の女と、外へ外へ生き甲斐を求めようとする男、この図式は、狭い砂の集落でも、大地を駆ける遊牧民も、現代文明も変わらない。男の結末は読んでからのお楽しみですが、非常に深い読後感を与えてくれます。

生きることの本質がここにあるような気がします。