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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

夜と霧

この本に書かれている内容は地獄だ。 童話に描かれる教訓としての地獄ではない。芸術として描かれる神話としての地獄でもない。地獄とは、いま、ここ、わたしが生きるこの世界にある地獄だ。

論理と合理性からシステマチックに生産される苦痛と殺戮。そこには自然界にあるような弱肉強食のルールはない。映画で描かれるような一方的な完全悪が善をいたぶる構図さえない。私は、この地獄が悪ではない、と言っているのではない。ここでなされたことは完全なる悪である。でも、この現実に関しては、一人の気が狂った権力者が思いつきで、地獄のショーを演じたのではない。民衆から選ばれた権力者が、周りの賛同者を得て、地獄をシステムとして運営していたのである。決まった時間に起き、自らの意思で選択的に行動し、苦痛と死の大量生産のために、科学や哲学のあらゆる合理的リソースを惜しみなく投じた人達が大勢いたのである。たまたま彼らが感情を失くした完全悪だった、と片付けるのは容易い。でも、そんなことはありえないから、地獄なのである。どこにでもいる人達が、当然身に付けている道徳心の中で、『自分たちこそが被害者である』と信じて行動したのである。その結果が、人間の完全なる否定であった、この世界が地獄でなくて、何であろう。

本書に書評など不可能です。 ただし、人生に対する深い希望、人間の道徳心に対する深い愛情を持ち続けている人間が、ここにいる、というこのことが、この地獄に一点の光をもたらしてくれたような気持ちになりました。