「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

玉置浩二のコンサートに行ってきました。

先日、KOJI TAMAKI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018「THE GOLD RENAISSANCE」に行ってきました。

安全地帯のコンサートと合算すると玉置さんのコンサートに行くのは5回目か6回目くらい。相変わらずMCなしの歌一本勝負だったのですが、今回は史上最高に素晴らしかったです。3000人くらいのホールでオーケストラをバックにコーラスなしで歌います。時にはマイクを置いて地声で聴かせる場面もありましたが、それでも十分3000人に通る声量でした。


玉置浩二はバンドスタイルよりもオーケストラスタイルで歌うべき歌手だとさえ思いました。かつての玉置さんではバンドスタイルが最高の表現手法だったことは間違いない。でも、最近の玉置さんの歌は感情量が半端じゃない。これは聴いてもらわないと分かってもらえないと思うんだけど、そんじょそこらの歌声とはまるで別物なのだ。「行かないで」はメロディに乗せた言葉ではなくて、本当に行かないでほしいという想いがたまたまメロディになっていた、という表現の方が正しい。「たったひとつの愛見つけた」と玉置さんが歌ったからには本当にかけがえのない愛をそこに感じ取ることが出来る。こんな歌い手が他にいるだろうか。


そんな訳でバンドスタイルでは玉置さんのワンフレーズワンフレーズに込めた異常なまでの感情量がリズムに乗せられない。天才指揮者と50人のオーケストラが優しく下地を整えてくれるお陰で、玉置さんの異常なほどの感情量が観客に届けられる気がする。


ここまでの感情を表現するには、ここまでの感情を持っている人でなくてはならないと思う。そこまで人を愛せるか、そこまで愛を失って悲しめるか、そこまで愛を追い求められるか。玉置浩二の心の深さに私は驚愕を隠せない。


最高の表現者というのは最高の愛情を持ち合わせた人でなくてはならない。そこまで愛情を持てる人は間違いなく素晴らしい人間なのだと思う。私は玉置さんの才能と人格に脱帽し、嫉妬した。


でも、もしかするとそこまで深く人を愛すことができれば玉置さんの様に素晴らしい表現者になれるのかもしれない、という希望も見出せたような気がした。


芸術の深さは愛の深さだと知った夜でした。