「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

映画 恋は雨上がりのように

映画「恋は雨上がりのように」を観てきました。漫画は5巻くらいまで読んでいたのですが、中だるみしたので止めていました。2時間の映画だときっちり収まっていて中だるみすることもなく、丁度良いボリュームだったのではないでしょうか。


いろんなところで言われていますが、やはり小松菜奈の存在感がすごい。小松菜奈に見とれる。美人なのか、可愛いのか、分からない。睨んでいる顔は怖い、笑った顔を見るときゅんとする。走り姿はすさまじくカッコいい。教室で一人で泣いている姿は切ない。雨に打たれている姿は惨めさのかけらもなく、孤高を感じさせる。

「JKと中年のおっさんの恋愛なんてありえない」と批判して観ないのはもったいない素晴らしい映画です。そう、ありえないんです。でも、どうありえないのか、ありえないようにどうふるまうのか、ありえてしまう不自然をどう乗り越えるのか、が丁寧に描かれています。


青春まっさかりのJKはきらきら輝いていて、一度挫折してもめげないように、周りがサポートしてあげないといけない。
一方、夢も希望もないさえない中年のおっさんは、自分自身はさえないけども、きらきら輝く青春たちをサポートしてあげることは出来る。だらだら続く日常の中で、ほんの少しの喜びを見出すことが出来る。でもその喜びは、あのきらきらした青春があったからこそ見つけられるものだったりするのだ。


大泉洋は全然カッコよくない。一周回ってもカッコよくない。でも、それがなんか良い。ださくて、くさくて、さえなくて、何にも結果が出せなくて、過去の夢に執着してるだけのおっさん。でも、負けを認めて昔の友人と語り合うことができる。その一点だけでも、素晴らしい人生を生きているような気がする。


31歳バツイチ子なし。さえないおっさん街道驀進中の私にも、元気をくれる良作でした。