「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 佐藤航陽

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

最近、本屋で一番売れ筋の本として紹介されている本。著者はメタップス代表の佐藤氏、なんと年下!すごい人が世の中にはたくさんいるものですね。なかなか面白く読めましたので、思うところをまとめておきます。

まずは賛同できたポイント。


佐藤氏は世の中の流れを考える上で重要なキーワードとして「分散化」を挙げています。「分散化」の対義語は「中央集権化」。中心に大きな力をもった組織がルールを設定し、場をコントロールしてきたのが今までの世界。一方、現在は世界中の人がスマホを持ち、個と個が容易に繋がるようになりました。分散化の流れの中で始まったのがシェアリングエコノミーであったり、クラウドファインディングであったり、仮想通貨だったりするわけです。身近な例をあげると中古品売買。ブックオフとかハードオフという巨人(中央集権)が存在し、個人はそこに物を持ち寄り、その場を中心に市場を回していました。しかし現在はメルカリを始め様々なフリーマーケットスペースが開設されました。もはやブックオフなどという中央集権組織は必要なく、個人と個人が直接売買できるようになりました。


この洞察は私の仕事と照らし合わせても、得心しました。この中央集権化によって存続していたのが大企業です。私が勤めている商社なんてその最たる例。片方では各メーカーの情報を一手に集める、もう一方では海外の有力販売店の情報を集める。その両者を引き合わせて巨大な取引を発生させることで莫大な利益を出してきたのが商社です。メーカーは各個人に向けて物を作ります。販売店は各個人に向けて売り歩きます。でも商社は個人向けに商売はしません。大きなメーカーと大きな販売店を繋いだ方が、簡単に大きな金額を動かせるからです。ODAの入札でも、メーカーが一社づつ納品すれば低コストですむものを、商社がまとめるから結果的に高い買い物となります。なぜそんな商売が成り立つのかというと、商社が情報の中央集権組織だったからです。海外の個人がメーカーから直接購入することができればコストは大幅に下がります。でも、まだそうなっていません。Store.jpで店を開設してスマホで注文させれば、いくらでも販売できるにもかかわらず、です。でも必ずそうなっていくと思います。もはや情報の分散化は不可避なほど容易だからです。


銀行も証券会社も中央集権化することで保っていたビジネスモデルです。クラウドファインディングによって誰でも簡単に資金調達できるようになりました。商社と同じように彼らも今までのようには生きてはいけなくなっていくでしょう。

あと保険会社。中央集権化によって莫大な保険料を徴収し、丸の内に自社ビルを持ちまくっている古参企業。ネット保険ではその牙城は崩せそうにありませんが、かならず分散化によってぶっ壊される日が来るでしょう。誰も管理者がいない、ただ、お金をプールしておくだけの保険の仕組みって作れないかな。




一方で眉唾なのが仮想通貨。佐藤氏は中央銀行が存在しなくてもトークンエコノミーと呼ばれる完結した経済圏が作られる、と言います。でもそれは絶対に違います。


なぜなら結局、Bitcoinにしろ楽天ポイントにしろそれらの価値を我々に担保しているのは日本通貨だからです。だって日本円でいくら、と換算できるから使い道があるんでしょう。自社サービス内のポイントだとしても、そのサービスによって利用者が増え、日本円を落としてくれる人がいるからそのサービスが成り立つのです。我々は国家が保証する通貨なしでは何の価値も測ることができないのです。


タイムバンクにしろ、仮想通貨にしろ、お金2.0と佐藤氏が呼ぶ物は今までのお金ではない何か、ではありません。なので当然、これらの存在が資本主義を書き換えたりしません。むしろ資本主義の盤石な下支えの上で転がされている遊びのような物と思います。中央銀行が発行している通貨も実は中央が自由にコントロールできているはずがなくて、全世界のプレイヤーが少しづつ影響力をもって微妙な均衡を保っているものです。日本通貨がコントロールされていて、仮想通貨がコントロールされていない、というのは幻想です。



さらに個人が発信できるこの時代は「内面価値を創造できる人間」が必要であり、それが容易になったと言います。これは佐藤氏の方がよく分かってると思いますが、そんなことできる人間の方が少ないです。


たしかに誰でも発信できる時代になり、ユーチューバーや、フミコフミオ、はあちゅう、ヨッピー、イケダハヤトなどの有名人が誕生しました。小室哲哉村上春樹ダウンタウンほどの才能がなくても人に喜ばれ、楽しく稼げる時代になったように見えます。でも、逆に言うと誰でも発信者たりうるめちゃくちゃ競争社会になったのです。価値創造競争激烈社会。


フミコフミオもはあちゅうもヨッピーもイケダハヤトも、私からすれば天才中の天才です。これだけあるネットのコンテンツの中で注目され続けるのは本当に才能のある人だけです。だってそうでしょう?


このブログだってもう何年書いてるか分からないくらい長いけど、やっぱりコンテンツがともなってないから注目されることもなく、埋もれてしまう。

もっと言うとこんな読者100人程度のブログしか書けない私ですら、おそらく他の何万のブログよりは成功してる方なのです。


世の中には何も考えたくないし、何も責任を負いたくないし、何も生み出したくない、と言う人が沢山います。本当に沢山います。むしろそちらの方が多いくらいです。彼らに仕事を与えて、飯を食わしていたのが中央集権化された会社であり、非効率的なビジネスモデルだったのです。一部の創造的な人間が試行錯誤して決断して作り上げた巨大組織にその他大勢の凡人が付いていく、人間社会はそうできている。


だから佐藤氏が思い描くような個人が自由に価値を創造して、それが評価されて生きていけるような世の中にはきっとなりません。


おそらく世の中の変化を嫌う人達、変化をすると死んでしまう人たち、中央集権化されていないと仕事がもらえない人たちが分散化をあらゆる手段で妨害するでしょう。さらに日本の社会を動かしているのは40代後半から60代です。彼らのほとんどはiPhoneのバックアップすらできない人達です。彼らが今の世の中で権益を持っている限り、世の中が一新するようなことは起こらない、と思います。