「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

愛を知らない人

この世界には2種類の人間がいるらしい。愛を知っている人と愛を知らない人です。

 

大抵の人は愛を知っています。生まれてから両親から愛情をめいいっぱいうけて育ちます。声をかけたら答えてくれる母親がいます、力一杯抱きしめてくれる父親がいます。そこで、自分は無条件に愛される価値のある人間なんだと確信します。これが愛を知るということです。

 

愛を知ってるから恋人に裏切られても立ち直れます。仕事で失敗しても立ち直れます。病気になっても治そうと思います。だって、この世界には自分を愛してくれる存在がいる、という確信があるから。愛はこの世界に確かに存在するという前提があるから。

 

 

でも幼い時に親の愛情を受けられなかった人はその前提がありません。恋人に裏切られることは愛情の否定です。仕事で失敗することは自分自身の居場所を失うことです。病気になっても治す必要がありません、だって自分は生まれた時から誰にも必要とされていないんだから。生まれてから誰にも愛されなかった人がどうやって自分を大切に出来るのでしょうか。第一に、大切にするという意味がわからない。この世界は自分を必要としていない、自分にだけ冷酷な世界という大前提がある。

 

愛を知らない人にとって、この世界は地獄です。文字通り本当の地獄です。なぜか自分だけ愛されない。他の人は愛されているのに、自分だけ愛されない。実態としては友人も隣人も同僚も同じようにあなたを必要とし、愛しています。でも、原初の体験で愛を教わらなかったら、それを感知できないのです。あなたはいつか自分から去っていく友人を恨みます、恋人を呪います。本当は友人も恋人もあなたを愛してます。でもあなたには感知することが出来ません。だって、これが愛だってことを教わらなかったから。なんの確信もない、なんの基盤もない、なんの愛情も感じられない世界にたったひとりぼっちで生かされている、それが愛を知らない人です。

 

たとえ両親だろうと無限に子供を愛するわけではない。愛は無限ではない。愛を知っている人はそのことも分かっている。でもそれは、愛された原初の体験があるから、そんなものだと理解することができるのです。

 

一方、愛を知らない人は原初の体験がからっぽです。だから無限の愛を求め続けるしかない。ただ愛されたい。でも愛を感じられない。だから一生満たされることはない。食べても食べても空腹なのと同じ。寝ても寝ても眠いのと同じ。愛されても愛されても感じられない、寂しさは減ることがない。

 

 

元妻は愛を知らない人でした。穴の空いたバケツのように、ひたすら愛を求めていました。私だけでなく、私の母親にも。無限の愛情を求めて泣いていました。両親もいながら義両親にも愛情を貰っている兄嫁を憎んでいました。私のことも憎んでいたのかもしれません。両親から無限の愛情をうけてるくせに、無限の愛情を与えてくれない私を。同じ誕生日に全員から祝福されて生まれた甥のことも、そうやって憎んでいたのでしょう。自分は誰からも愛されなかった、なのに、この子は二組の祖父母と両親が祝福してくれている、私と同じ誕生日に、なぜわたしに向けられるはずの愛情を奪うのか、と。

 

その憎悪を暴力に向けることが出来ず、無茶な要求をしたり、愛情を試したりしていたんだと思います。周りが疲弊して自分の周りから去っていくと、ほら誰も私を愛していないのね、と憎悪をより強固にしていくのです。

 

 

彼女が満たされることは絶対にありません。一生空腹の人生、一生睡眠ができない人生、宇宙の隅にたった一人取り残された人生、そんな絶望の中を彼女は生きてるんだと思います。

 

幸せになってほしいというのは私の傲慢なのかもしれません。私が幸せには出来なかったのだから、そんなことを願う権利はない。

 

どんな時でも何をしても無限の愛情をくれる存在を、人は神と呼びます。だから人間は神を作りだしたんだと思います。

 

人間には無限の愛情が必要だ。愛情がない人生は地獄だ。

 

彼女が神様の存在に気づいてくれるだろうか。どうか彼女が神様から愛されますように。ただそれを祈り続けることしか私には出来ません。