「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

離婚しました

前回の記事に関しまして、読者の方から通りすがりの方までさまざまなアドバイスを頂きまして、感謝に堪えません。私の精神がギリギリ持ちこたえられたのはブログを通してでも、自分の気持ちを聞いてくれる人がいるという事実、そのお陰でした。


あの記事を書いたのは8月22日の夕方。会社の帰り、私は駅前の交番に寄りました。「自殺をほのめかす人」に対して何が出来るのかを聞きたかったのです。


駅前の交番につくと「何ですか?急ぎですか?」と聞かれました。私は「家のことで相談がある」と言いました。「ではご自宅の近所の交番に行ってください」と言われました。家から最寄りの交番がどこにあるのか分からず、近くの大きな警察署に電話しました。交番ってGoogleMapでも調べられないのですね。


若い警官が電話に出ました。「○○交差点の近くにあります」と彼は言う。「では住所を教えてください」と私が言うと、5分経っても10分経っても調べられません。何で警察官が交番の住所を調べられないのか…。私は彼から住所を聞くのを諦め、○○交差点へと向かいました。交番はすぐに見つかりましたが、誰もいません。また若い彼に電話しました。「交番に誰もいない場合はどうしたら良いですか」「交番の中に電話があるので、そこから最寄りの警察署に電話してください」とのこと。電話してみると「では○○警察署に来てください、当直で対応します」と丁寧な対応。タイミングよく警察署のある方面へのバスが目の前を通ったので、急いで乗り込む。




警察署では私と同じくらい年齢の警官が対応してくれました。取調室のようなところ。彼は紙とペンを持って私の話す内容を全てメモする。「離婚を切り出すと自殺をほのめかす妻にどう対応したら良いか」を相談しました。すると警察官は「まずダンナさん、あなたが手を出したら絶対にダメだよ。そうなるとあなたが捕まるから」と言いました。私は何を言っているのか分かりません。1mmも暴力の話はしていません。私の見た目が粗暴に見えたのでしょうか。



私は「そんな相談をしている訳ではなく、自殺をほのめかす妻を止めて欲しいのです」と言いました。「自殺をすると言って車道に飛び出したり、騒音で周りに迷惑をかけたりしたら警察は動ける。でも死ぬと言っているだけじゃ警察は動けない。結局、家族で相談してねとしか言いようがない。ダンナさん、あなたがDVなんてしないと信じてるけど、もしそういうことをしたらあなたが捕まってしまうから、絶対にしないでね、という意味です。」。「私は暴力はしません。妻は死ぬと言って話合いに応じません。話し合えないのです。」「うーん、でも今の警察には何も出来ない。結局家族の問題だから。うちも大変よ。子供が生まれてから、指も触れさせてくれないし、当直明けで疲れているのに家事手伝えとか言われて、みんな大変なのよ。」ここで話は終わりました。




結局何の解決策も見つけられないまま、帰途に付きました。帰りのタクシーの運転手さんが「お客さん疲れてるね」と声をかけてくれました。




もしかしたら既に死んでいるかもなと思いつつ、家のドアを開けます。部屋にはこんこんと明かりがついていました。




妻は冷静な顔で机に座っていました。ここから真の闘いが始まりました。同じような境遇の方がいたらぜひ参考にしてください。






「離婚したら死ぬ。ひとりにしないって言った。自殺方法は考えてある。」


「死なない方がいいと思うが、それを止めることは俺には出来ない。きみは私の命とあなたの命どっちが大事?と聞いているのと同じだ。その質問の答えは決まっている。自分の命だ。」


「言っている意味が分からない。また私はひとりぼっちだ。ひとりぼっちの辛さがあなたには分からないんだ。」


「君がいまどんな気持ちなのかは君にしか分からない。でも絶対にひとりぼっちではない。地元の友達、看護学校の友達、最初の就職先の友達、今の就職先の同僚、先生。君を必要としている患者。本当はひとりぼっちではないのに、気づいていないだけだ。」


「あんなのどうでも良い、あなたがいないと生きている意味がない」


「そうやって全ての人間関係を切り捨ててきた結果がこれだ。きみにとっては俺の友人も両親もどうでも良いかもしれない。でも俺にとっては全て大事なものだ。きみのために全ての人間関係を犠牲にするつもりはない。もう絶対に無理だ。」


「でも寂しくてしょうがない。どうすればいいの。誰が悪いの。」


「寂しさを受け入れるしかない。そういうものだ、人生は。」


「お母さんに会いたい、天国でお母さんと一緒に暮らす。」


「お母さんだって全ての願いを聞いてくれるわけではない。死ぬと言えばお母さんは一生頭を撫でてくれるのか、ご飯を用意してくれるのか、何でも買ってくれるのか、気に入らない人間を殺してくれるのか。そんな訳ないだろ。君が求めている愛情はこの世界に存在しない」


「生まれた場所が悪いのか、環境が悪いのか、私が全部悪いのか。私はどうしたら良いんだ」


「まずはこの寂しさを受け入れるしかない。一人で生きていけるようにならないと絶対に幸せにはならない。まずは心療内科に通ってみたら?境界性人格障害だと思うよ。」


スマホ境界性人格障害を検索する妻。


「本当だ、全部当てはまってる…。治るんだ・・・。今まで、これは性格だと思ってた。でも、時間掛ければ治るかもしれないんだ…。」



そう言って彼女は別離を受け入れました。





それからも何度か浮き沈みがあり、口論もしましたが、先日無事離婚届を提出し、別居する家も決まりました。大変ご心配をおかけしましたが、ようやくお互い次の人生に進めそうです。



元妻はまだ家にいますが、お互いを罵倒し合う良い友達になりました。婚姻届を書くとき、すごく心が重かったのを覚えています。離婚届を書く時は軽快にスラッスラ書けました。初めからこの日を予感していたのかもしれません。

「家を出ていくからDVDプレイヤーも買ってほしいんだけど」
「ダメに決まってんだろ、自分で買え」
「は?あんたが横浜連れてきたんだろ?」
「お前が自分で選んできたんだろ」
「あんたが結婚してくれって言ったんだろ」
「毎日結婚結婚ほのめかしてのはおまえだろ」
「ホント性格悪いね」
「おまえだけには言われたくない」

みたいな。最初からこんな風に話が出来れば良かったのかもしれない。(付き合ってないか)





母に連絡すると泣きながら喜んでくれました。2年前脳梗塞で入院した母は、私の絶縁宣言からストレスと不安により寝たきりになっていたそうです。本当に親不孝なことをしました。


一番怒っていると思っていた父は例の絶縁事件について「離婚するチャンスが来た」と思っていたそうです。パフォーマンスでも怒ったふりをすれば、ようやく離婚する決心をするだろうと、私を信じてくれていたそうです。


兄は兄夫婦の家から去る私の顔を心配し、自分が30歳だったころの話をしてくれました。そのころいつも聞いていた曲がケツメイシの「ライフイズビューティフル」だったと。たまたま会社の同僚からケツメイシを薦められ、電車の中でうとうとしながら聞いていたら泣いてしまった曲が「ライフイズビューティフル」だったので、このめぐり合わせに大分心が揺らぎました。10代の頃からほとんど口もきかず、眼も合せなかったのですが、これを機に兄と仲直りすることにしました。



兄嫁にも甥にも謝りました。元妻が多大な迷惑をかけたこと。特に、甥の誕生の日。「何で私の誕生日と一緒なんだ、あてつけか。私の誕生日祝いが薄まるじゃないか」と呪いの言葉を吐いた元妻のせいで誕生を祝えなかったこと。どんなことがあっても、生まれてきてくれたことは祝福したい。私もどれだけ叔父に可愛がってもらったか。



長い懲役が終わったような清々しい気持ちです。これからもっと良いことが起きるような気がします。やっぱりうちの結婚はおかしかった。そう思うようになりました。次はもっと素晴らしい結婚をします!もう31歳だけどね。。