「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

何かアドバイス下さい。お願いします。

両親とのいざこざがあり、私は妻を取るか両親を取るか二択を迫られました。

 

 

その時、私は妻を選びました。親に「縁を切ってくれ」と言いました。大切に育ててくれた両親を捨てました。大学まで出してくれて、入社時のうつ病のときに豊橋までかけつけてくれた母を、一緒に会社に行くと応援してくれた父を、私は捨てました。妻は一人では生きていけないと思ったから。

 

 

それから2週間後、妻が「なんかどうでもよくなっちゃったから、お母さんに電話しようかな」と言いました。

 

絶句しました。

 

そこで妻への愛情は消えました。この人は理解不能だと確信しました。仕事がつまらないと言って泣いていた彼女を励まして一緒に看護学校に入るための勉強をしました。入学してからの生活費を払えないという彼女を援助しました。マンションが欲しい、大型犬が欲しいという願いを叶えました。病院を辞めたいというので、私が看護部長とかけあいました。両親と二度と会いたくないというので絶縁しました。もうこれ以上は無理です。

 

 

私は妻に離婚を切り出しました。毎日我慢ばかりしている。いつ怒り出すか分からない感情に怯え、友人との交友を断ち、両親とも縁を切った。でも今回の一件で君は何も僕のことを考えてくれていないことがわかった。君に子供を育てられるわけがない。離婚しよう。と。

 

 

一旦はそうだよね、私が全部悪いもんねと了承しましたが、次の日の朝すべてひっくり返りました。

 

 

やり直すためには何でもする。両親に土下座する。家事も全部やって、すべて我慢するから、ひとりにしないで欲しい。と泣き叫びました。

 

 

それでも私は全く愛情がないので、もう修復は不可能であることをはっきり告げました。

 

 

彼女は「だったら死ぬ」と言いました。死ぬ方法も考えてあると。死んでお母さんの元に行くと。

 

自分の命を人質にするというのは、本当に最低の行為だと思いました。それが通るなら1億円くれでも、人生すべて捧げてくれでも、核ボタンを押してくれ、でも何でもありだからです。それをやってはいけない、というのが人間の最後の砦だと思いました。

 

 

でも、本当に死んでしまったら私は自分を責めると思います。人を死なせてしまった罪を背負うくらいなら、今のまま全ての要求を飲み続ける人生を送った方が良いのでしょうか。

 

考えても考えても答えが出ません。私が我慢すればおそらく彼女の命を救うことはできます。ただし私の人生は無茶苦茶になります。私が逃げれば彼女は死に、私のその後の人生に暗い影を落とすことになるでしょう。

 

外部の方はどうせ死ぬわけがないと言います。でも死ぬ可能性はあります。銃口をつけつけることが脅しになるのは、それが脅しではなく、本当に打つ可能性があるからです。核の抑止力が効果を持つのは本当に打つ可能性があるからです。

 

彼女の自殺予告も本当に死ぬ可能性があるからこそ、効果を持っています。

 

 

私はどうしたら良いのか、途方に暮れています。みなさんの意見を聞かせていただけませんでしょうか?