「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

こじれにこじれた嫁姑問題

もともとうちの妻と母は毎日電話しあうほど、仲が良かったのです。なんでこんなことになってしまったのか。


先月までこちらは横浜、向こうは京都に住んでいました。


父親の仕事の都合で今は京都に住んでいるが、いずれは息子たちのいる横浜に引っ越してくる、という話を以前から聞いていました。
次男の私は横浜の海の方、長男は横浜の山の方に住んでいるので、どちらにしろ横浜に住もう、海と山の間でも良いな、という風に。


長男の嫁は、うちの妻と正反対で、あまり社交的ではないけど安定しているタイプです。
両親にプレゼント渡したり、こちらから電話したり、ということはないけど、距離感は一定。


私の妻は、急に両親にべったりでプレゼントあげたり、毎日2時間電話してたりするけど
一つ嫌なことがあると全く音信不通になるタイプ。距離の幅が凄い。



妻の機嫌が良い時、母と妻は電話で日夜今後のことを話していた。
「横浜行ったら、海の方に住んでー、うちが車を持つから自由に使って良いし。犬の散歩も手伝うよ。兄嫁は挨拶も電話もないからとっつきにくくてー、そっちに行くわ―」と母。


うちの妻も自分には両親がおらず、子育てする時に私の両親が近くにいてくれると助かる、ということで近所に住んでくれることを楽しみにしていたようだった。マンションは少し不便なところにあるので、買い物はどうしたら良いか、とか2世帯で使う車ならどんなのが良いかとか、たまに夫婦で話したりしていた。



一方で、私は「今は妻の機嫌が良いから良いものの、絶対、もう無理顔も合わせたくない、と言い出す日がくる」と確信していたし、地銀勤めの兄と違って、私には全国転勤、もとい全世界転勤の可能性があった。こちらから両親に近くに住んで欲しいと言いながら、我々の方から横浜を去る可能性がある。それは申し訳ない。だから「好きなところに住みなよ、我々もいつまで横浜にいるか分からないし」と伝えていた。そこで兄嫁の妊娠が発覚した。


3ヵ月後、両親は兄の住む家のすぐ近所に引っ越した。妻は私からそれを聞き、顔面蒼白になった。


先週の日曜日、引っ越し祝い+出産祝いで妻と一緒に横浜の兄宅へ遊びに行った。
兄宅に着くと、兄嫁が赤ちゃんをあやしていた。兄と母が車で買い物から帰ってきた。もちろん両親の車だ。
父は犬の散歩から帰り勝手にドライヤーを借りて髪を乾かしていた。母も自分の家のように振る舞っていた。


まさに母がうちの妻に言っていた生活そのものがここにあった。
妻の心は壊れた。


妻には両親がいない。
兄嫁には自分の両親もいる。

兄嫁は出産のときは実家に帰れた。
妻はどこにも帰れない。


うちの母は「私がお母さんだと思っていいのよ」と言った。
でも実際は兄嫁のお母さんとしての暮らしがここにあった。


自由に車を使っていいなら何の車にしようかと夢想していた時があった。
いま、兄が両親のBMWを自由に乗り回している。


うちの超大型犬の散歩は身体がもたないと言って拒否し
兄のプードルの散歩は毎日父が行っているらしい。


「兄嫁は何考えているか分からない」と毎日電話で言っていたのに
自分とはじまるはずだった理想の暮らしが目の前で展開され、妻の目の前は真っ暗になった。


妻はひとことも喋らなかった。
母は「何かあったの?」と妻に何度も電話をかける。

妻は「もう家族でも何でもない、二度と会いたくない」と私に泣きながら訴える。
書きながら気づいたけど、この問題の根本は私が妻を信頼しきれないところにあるんだと思う。