「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

権威を借りた政治的言説のうさん臭さについて

少し前の話ですが、名優メリルストリープのゴールデングローブ賞でのスピーチが話題になりました。

彼女は1月8日のゴールデングローブ賞の授賞式で直接名前を出した訳ではありませんが、誰にでも分かる形でトランプ氏を批判し、そのニュースはまたたく間に世界中を巡りました。彼女の批判が的を射ていたかそうでないかは私にはわかりませんが、この場で政治的な話をするその姿勢に強い違和感を感じました。うさん臭さと言っても良いでしょう。


ゴールデングローブ賞の主催者は彼女の政治活動に賞を贈った訳ではあるまい。あくまでも作品を評価して、作品で演じた彼女の演技を評価して、芸術的な功績として賞を送ったに違いない。それなのに彼女は、芸術に対する功績を称える場で、何の関係もない政治の話をしました。なぜなら、その場では彼女が主役であり、みんなが真摯に耳を傾けてくれ、世界中のメディアがその内容を報道するからです。そして、彼女の思惑通り物事は進み、主に彼女を擁護する形で世の中のメディアはこのニュースを取り上げました。


メリルストリープの演技が評価されたことに関しては、世界的なニュースになっても良い。しかし、メリルストリープの政治的判断は世界的ニュースになるほどの価値はない、と私は思う。だって、彼女は一市民に過ぎないのだから。こと芸術に関して、私の一言と彼女の一言の重さが違うのは疑問の余地がありません。彼女は人生を芸術に捧げ、結果を残してきました。しかし、こと政治に関して、全くの素人であるところは、私も彼女も同一であるはずです。私の言葉には誰も耳を貸さないのに、なぜ彼女の一言が世界的なニュースになるのだろう。


このことは2006年の日本国内で巻き起こった「品格論争」を思い出させました。当時、藤原正彦という学者が「国家の品格」という新書を発表しました。アメリカ式の論理よりも日本式の情緒が世界で重要なのだ、という威勢の良いコラム本です。藤原正彦は数学者でありますが、政治学者でも哲学者でもありません。こと国家や政治に関しては全くの素人です。当時、私は政治学科の大学2年生でしたが、政治学の授業で藤原正彦の論文が引用された本など一度も読んだことがありません。この本は学術的には箸にも棒にもかからない、ただのコラムと評価されました。しかし、この本は爆発的に売れました。売れに売れました。その後も「○○の品格」という似たような本が続出し、この言葉は流行語大賞を取りました。この本がなければ篠原涼子主演の「ハケンの品格」というドラマもなかったことでしょう。(違うタイトルで作られたか)


もちろん、藤原正彦が数学の分野で称賛され、世の中にあらたな数学の考え方を浸透させる一助を買ったのなら、彼が持ち上げられるのも分かる。しかし、藤原正彦は数学で教授になり、国家論のコラムでお茶の間の有名人になりました。コラムの内容には賛否両論あったものの、大多数の市民に「学者様がこう言うんだから、正しいのだろう」という臆断を誘発させる結果となりました。私は政治学を勉強する傍ら、世の中の政治論が藤原正彦のフィルターを通じて語られるようになり、居心地の悪さを覚えました。国際政治論にも、地域文化論にも、政治思想論にも藤原正彦と言う学者の言葉が言及されることはないけれど、ニュースやワイドショーでは「国家の品格」が取り上げられている。私が勉強している政治学とはなんなのだ、と。結果、1年も経てば、マックスウェーバーハンチントンの言説は生き残っても、藤原正彦の話題は消えましたが…。


芸術を称賛する場で政治を語り、世の中を動かそうとしたメリルストリープときちんと「国家の品格」というタイトルの本を売り出した藤原正彦を同列に語るべきではない、という批判もあるだろう。



しかし、門外漢が自分の得意分野である別の権威を借りて政治的に影響力を持ってしまった、という事実は同じだと私には思える。



別に私は、「政治に詳しくない奴が政治を語るんじゃねぇ」と言っている訳ではない。俳優でも数学者でも大いに政治について語れば宜しい。民主主義は開かれているのだ。ただ、「有難がって聞くようなものではない」と思うのである。メリルストリープの演技は括目して観るべきだし、藤原正彦の数学論には敬意を払う。でも、同じ文脈で政治を語られたときには、権威を横に置いて、ちゃんと自分の価値判断でその言説を推し量らねばならない。権威を借りて政治的影響力を持とうとする振る舞いは、私が言うんだからみんな信じろという横暴が透けて見えて、どうも”うさん臭い”のです。


一方、私が称賛したい政治的態度は、フジテレビの日曜朝10:00から放送されている「ワイドナショー」での松本人志です。芸能ニュースや政治論争に対して有名人が真面目にコメントしては上記の様にただ別の権威を借りたキツネになってしまいますが、松本がお笑いの仮面をかぶってあらゆる真面目なニュースを茶化すのは、もはや芸術だと思う。俳優は演劇で、数学者は数学で、芸人はお笑いで、それぞれ政治について切り込んでいけば良いのである。



私の尊敬するドラムスクールの先生が、子供たちに「この世界はユダヤ人の陰謀によって動かされているんだ」と授業の合間合間にレクチャーしているのを知り、別の権威を借りて、政治的な刷り込みを行うのは、とても効果的なだけに怖いなと思い、この記事を書いた次第です。