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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

迷宮/中村文則

読み過ぎ。うん、わかってる。バランス悪いくらい読んでいる。分かっている。でも、『土の中の子供』『最後の命』はキツかったけど、この本は大丈夫!

迷宮 (新潮文庫)

迷宮 (新潮文庫)

弁護士事務所で助手として働く主人公。彼の恋人は迷宮入りした『折鶴事件』の遺児。折鶴事件とは自宅で父母が殴打の上、めったざしで殺害され、兄が殴打の上、毒殺され、妹が睡眠薬で眠らされていた事件。家の扉は全て施錠されており、出入りできたのはトイレの小さ過ぎる窓だけだった。

登場人物の心象描写はいつもの通り丁寧で鮮やか。本書は折鶴事件の真相解明がミステリー的エンターテイメントとなっています。明かされる真実に驚かされること間違いなし。

いつも世の中を斜めに見て、ひとり悲劇のヒーローを気取る主人公に対しての上司の言葉が突き刺さります。

お前がいま抱えてるくだらない虚無みたいなママゴトも、俺が知らないとでも?そんなものは、もう何十年も前に自分の中で消化してるんだよ。当然だ。俺が人生に現れる現象の全てを、心の底から完全に祝福してるとでも?俺は人間の限界を知っただけだ。一見下らないと思っても、生活の中に身を置くことで、生活は幸福の感覚を享受させようとしてくれる。こっちがそんなもの幸福と思っていなくても、くだらないと思っていても、向こうからは健気に!俺は謙虚になっただけだよ。毎日を受け入れる。弁護士の成功の喜びを受ける。正確にいえば甘んじて受ける。そうやって社会の歯車の中で生活していけば、俺みたいなくだらない存在だって誰かのためになる。そうやって生きてくんだ人間は。本当の賢さとは世界を斜めから見る事じゃない。日常から受けられるものを謙虚に受け取ることだ。

百年の中二病も冷める言葉!この世界は一人の人間では抱えきれないほどの悲しみを生み出すこともあるけれども、日々の営みはそれらを全て飲みこむほど大きく、なだからで、退屈だ。そんな生活に身を置くことで、怒りも悲しみも喜びも後悔も希望も呪いも祝福も洗い流されてしまう。世界の片隅で一時に立ち現れる激流にはまり込むのも良い。でも、日常に巻き起こる出来事に身体感受性を研ぎ澄ませながら生きていくことも出来る。中村文則の小説の主人公は結局そうやって生きていく道を選ぶのだ。



この本は「ちょっと中村文則の斜に構えたところが嫌だ」という人にもおすすめです。