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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

最後の命 / 中村文則

もう辛い。中村文則の本、辛い。最近元気が湧かないのは中村文則の小説世界に自分の人生を取り込まれているからに違いない。

 

でも読まずにいられない。登場人物がどんなことを思い、何を感じ、どう生きていくのか見届けずにいられない。

 

 

最後の命 (講談社文庫)

最後の命 (講談社文庫)

 

 

この本もまた重苦しいテーマです。7年ぶりに連絡があった親友、冴木。家に帰ると女の死体。冴木は連続強姦の指名手配犯だった。主人公と冴木には共に幼少時代を過ごし、強烈な体験を共有していたのだが。

 

人間が命と向き合う時に立ち現れる苦悩を真正面から描いた作品です。暴力的な性欲を燃やし続ける人間の命は生きるに値しないのか。人の命を奪った人間の命を救わないことは罪なのか。精神に異常をきたした人間は人の命を奪っても許されるのか。誰も救えない自分は生きていても良いのか。愛する人の罪は許すことができるのか。

 

考えても考えても分からない。主人公も読者も作者も悩み続けるしかない。

 

中村文則はよく同種族の命を奪う行為は本能として、遺伝子レベルで忌避される、と言う。虫や魚を殺すのは抵抗が少ないが、犬や猿を殺すと罪悪感がわく、それは種として人間に近いからだと。でも私はそうは思わない。人間は命を奪うという行為に対して嫌悪感を抱いている訳でもはなく、愛する対象がいなくなることを強烈に恐れているだけだ。遠くで知らない人間が死ぬよりも、自分で育てたサボテンが枯れることの方が悲しい。目の前で他人が死ぬより実家の犬が死ぬ方が悲しい。それは愛情の多寡による。

 

生きることは愛情を失い続けることでもあると私は思う。

 

かつて愛した人への愛情が消える虚しさ。愛した人が自分への愛情をなくしたことに気づく悲しみ。

 

自分の人生と向き合い過ぎると何もかも憂鬱になってしまう。何も考えずに眠りたい。眠っても夢でうなされ、起きては身体の不調を感じるのだけれども。

 

もしかしたら、明日、素晴らしい1日になるのかもしれない。そう信じて生きていくしかない。