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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

悪と仮面のルール/中村文則

中村文則が止まりません。仕事は朝から晩までめちゃくちゃ忙しい。家は毎日、嵐が吹き荒れる。身体は毎朝悲鳴をあげ、世の中は悲惨なニュースで溢れている。でも、通勤の電車で、お風呂の中で、寝る前のベッドで、休日に朝食をとりながら、中村文則ワールドに浸り続けています。もう止められない。中村文則が紡ぎなす悪意と失意に満ちた世界観と諦観を超えた生命力に魅了されている。ここまで危険な力をもった小説家、いままでいただろうか。村上春樹よりも100倍面白いし、奥深いと思う。でも、ノーベル文学賞を取るには危険で陰鬱すぎる。知る人ぞ知る、で良いと思う。本当に小説が好きな人の間だけで、溺れていれば良いと思う。



この小説も凄まじかった。社会に不幸と破壊をもたらす「邪」の家系に生まれた主人公。彼は愛する女性を守るためにその呪縛を自ら断とうとするのだが・・・。


本当に恐ろしいのは外部からもたらされる悪意や破壊ではなく、自らが世界を否定することなのかもしれない、と思う。地位や名声や財貨や権威、社会的などんな価値観にもとらわれない自分だけの最上の価値は自分だけで作り出すことが出来る。ただ、それを守ることができれば、あるいは人は幸せなのかもしれない。


でも気をつけて。世の中にあるあらゆる価値を凌駕して、創り上げたその最上の価値を自分から否定しなければならない時、それがあなたの世界の全てを破壊することになる。残念だけど、その日は必ずやってくる。あなたが世の中と関わっている限り。さまざまな人と交わり、物に触れ、芸術に打ち震えている限り。


幸福とは閉鎖である。これが世界の真理だ。ただ目の前にある人を愛し続けていられれば、人は幸せになれる。


でも、一歩世の中に足を踏み出せばその閉塞性は効果を失う。戦争に従事しようが、お金を稼ごうが、誰かを不幸に陥れることに喜びを感じようが、誰かの命を救う仕事に従事しようが、他人と関わりを持つという点は同じである。自分が自分ではいられないという意味では同じである。



私たちは開かれている。だから自分が自分でいつづけることができない。ただ目の前の人を同じように愛し続けることができない。だから、私たちはいつでも幸せを手放してしまう。つまり、私たちはみんな、幸福を手にすることができない「邪」の家系なのだ。



「でも」だ。「でも」である。

生きるしかない。

生き続けて、また愛する人と出会うしかない。

それがこの世界のルールなのだと私は思う。


さまざまな読み方ができる小説だと思います。他のことが手につかなくなるので金曜日の夜から読み始めてください。