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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

シン・ゴジラが怖すぎた件

シン・ゴジラを観ました。



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最近のはてな界隈では、どこもかしこもシン・ゴジラの話題で持ちきりです。エヴァQが上映された時も同じ空気感でしたね。様々な考察が出されて、あぁでもねぇ、こうでもねぇと議論が白熱していました。私はこの感じ好きです。


コンテンツが多様化されて、みんな自分の好みにあった楽しみを見つけられる様になったのは良いことだとは思うけど、感動や不満をみんなで共有することも含めてそのコンテンツの魅力だと思うから。みんなが見ている、なんか一言ツッコみたくなる、というだけで、それは面白いコンテンツなんだと思う。そういう意味では国民全員が認めていたスーパーアイドルグループSMAPが解散することはとても残念ですね。彼らのヒットソングは国民だれもが口ずさめたし、ドラマ、映画で見たことない人はいないだろう。みんなで共有できる物語がまた一つ減っていく。ファンの興味はHEYSATJUMPとかKISSMYFOOTとか多様化されたコンテンツに拡散していくのだろうか。それとも嵐に収束されていくのだろうか。


さて、シン・ゴジラ、めっちゃ面白かったです。というか、めっちゃ怖かったです。日本政府中枢が鈍臭いとか、初動に失敗したから被害が拡大したとかそういう問題じゃないくらいゴジラが怖い。ゴジラ対策を指揮したのが最初からアメリカだったら、もっとスムーズに処理できたのかな。ベンチャー企業の様な決断の早い組織だったら、こんなことにならなかったのかな。いやいや、どんな組織でも、ゴジラの圧倒的な暴力の前に、被害をゼロにすることは不可能だったと私は思う。たった一人死ぬのも悲劇だし、家が一つ壊されるだけでもその人にとっては救い難いほどの悲劇なのだ。ゴジラを前に悲劇を回避する術はない。でも、ゴジラは突然、何の前触れも、何の理由もなく、現れては悲劇をまき散らす。ゴジラが何のメタファーなのか私には分からない。地震なのか原発事故なのか、はたまた人災なのか。誰にもわからない。それでもゴジラはいつだって突然やってくる。人間はゴジラがもたらす悲劇を受け入れ、悲劇を押さえる力を行使し、世界を立て直す希望を持ち続けねばならない。人生はゴジラとの闘いなのだ。


あと石原さとみね!彼女の英語が酷い、とか痛いとか言う人がいるけど、いい加減にしてほしい。彼女の英語はうまいよ。確かにネイティブではない。幼少期に英語耳を作った人のそれではない。明らかに。でも、第二外国語として英語を運用している人間の中では偏差値75くらいにうまい。私は商社で働いているので日常的に英語を使うし、右でも左でも英語で電話している声が聞こえる。彼らは英語を使ってビジネスのハードネゴシエーションを行っている。それも5年や10年ではない。おっさんたちは20年も30年も英語を使って仕事をしている。でも、彼らの発音は石原さとみの足元にも及ばない拙いものだ。日本人が聞き取りやすいジャパニーズイングリッシュ。母音が強調されて、LもRもSもTHも区別のない日本語英語。日本人が操る英語なんてそんなもんだし、それでも通じればいいと私は思う。中学高校大学社会人と英語を勉強し続けて、日常的にビジネス英語を使う我々だって、そんなもんだ。それに比べれば石原さとみの英語はベリーワンダフォーだった。これを見て、海外の仕事のオファーくると思うよ、いやマジで。これは私が石原さとみを個人的に好きだから言っている訳ではない。いや、ごめん。それはウソだわ。大好きだわ。可愛いしセクシーだから。身体のラインを強調した衣装も素晴らしい。うん、まぁ、たしかに、ポジショントークかもしれない。私の石原さとみ贔屓は否めない。でも、世間の男の95%は石原さとみのことを愛しているんだから、応援してあげようよ、頼むよ、みんな。




なんて思いながら、家に帰るとうちの小さいゴジラ(グレートピレニーズ)が部屋をめちゃくちゃにしていた。ゴジラとの戦いは続く。