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「何もない」がある

音楽と本について書きます。日々考えたくだらないことも。

楠木建と内田樹

コラム

大学時代、私は政治哲学を専攻していました。卒論のタイトルは「戦後責任論再考」です。戦後責任論の議論では左派、高橋哲哉が有名です。

戦後責任論 (講談社学術文庫)

戦後責任論 (講談社学術文庫)

右派は加藤典洋

敗戦後論 (ちくま学芸文庫)

敗戦後論 (ちくま学芸文庫)

彼らは学術誌上で長年ドンパチやっていました。卒論の中で自分の結論が出たので、彼らの議論が今ではどう決着がついたのか、知りません。学生時代、彼らの議論を追いかけている中で、知ったのが内田樹先生です。

内田樹先生のバランス感覚と文体の滑らかさに衝撃を受けたのを今でもはっきりと覚えています。私のブログの過去の記事を検索いただければ分かりますが、書評は内田樹先生だらけです。たぶん30冊くらい書評を書いていると思います。実は、私がこのブログのコラムで言っていることの95%は内田先生が言っていたことの言い直しに過ぎません。それくらい影響を受けました。

最近は仕事をセーブされて、あまり本を出されていないようなのが少々残念ですが、私の師であることは変わりありません。

そんな折、この本を読みました。

nanikagaaru.hatenablog.com

そこで強烈に思いました。


楠木建先生と内田樹先生はどこか似ている!!読んで貰えば、なんとなくわかると思うのですが、強引にその感覚を言語化してみよう。


1、どんな質問にも応えられる

上記の楠木先生の本はキャリアに関する質問に応える本ですが、「好きなようにしてください」と一蹴した後に、独自の仕事論が続きます。その中で、教育論、結婚論、幸福論など、多岐にわたるアドバイスを提供してくださいます。

一方、内田先生は、フランス思想の専門ですが、中国論、国際政治論、メディア論、原発論、マンガ論、村上春樹論、など本当になんでもかんでも論じる方です。ブログの副題が「みんなまとめて、面倒みよう」ですからね。そして特技が「どんな問いにも(答えを知らない問いにも)即答できる」ですから、内田先生の度量の大きさには脱帽するしかありません。

お二人とも自分の専門に縮こまることなく、専門で培った知性をフル回転しながら人々の悩み相談に乗られています。


2、心地が良い知性

これも内田先生の受け売りなんですけど「自分がどこまで物事を知っていて、どこまで知らないか」を知っている人のことを「頭が良い人」と言います。逆に、自分の知っていることがこの世界の全てと盲信している人のことを「バカ」と言って良いことになっています。

楠木先生も内田先生も自分の専門がどこからどこで、その分野でどの辺に位置付けられているかきっちり理解されています。王道が東海道新幹線だとすると田園都市線くらいだ、みたいな。(経営戦略はさいたまニューシャトルくらいでは?)そして、「ここは主観だから間違っているかもしれない」ということを意識しながら書かれている。

こういう方の文章は「間違えのない当たり障りないつまらなさ」もないし「適当に書かれた粗雑さ」もない。読者への敬意とこの世界への畏怖の念が感じられて、読んでいて、心地よいものです。


3、論理と感情の使い分け

「好きなようにしてください」というタイトルからあるように楠木先生は「理屈じゃねぇんだよ」という範囲をご存知です。でも、それは理屈をどこまでも考え尽くしての、残り分が「好きなようにしてください」ということだということが本を読むと分かります。あなたの問題点はここだよね、そうすると「⚪️」なのか「△」なのかという選択肢になるね。あとは好きなようにしてください、という風に。

内田先生もよく「身体感覚」とか「肌触りの良い」という言葉を使われます。でもこれは決して「なんとなくそんな気がする」というだけの議論ではなくて、論理を突き詰めた結果、あとは「価値判断」しかしようがなくて、そこは「自分の身体を信じるしかない」という判断なのです。

お二人とも非常に論理的です。だからこそ、これ以上論理を突き詰められない勘所も把握していらっしゃる。そこから感情や感覚に訴える論理展開が非常に似ている気がするのです。

世の中には論理だけの冷たい文章、感情だけの胸焼けしそうな文章が数多ありますが、そこのバランス感覚がとても似ている気がするのです。


4、成熟した大人

お二人とも「世の中からオトナが減った、もしくは消えた」ということを大変危惧していらっしゃいます。

楠木先生は「幼児性」を「世の中は全て自分の思い通りになると思っている」「好き嫌いの問題と良し悪しの問題を混合している」「他人に関心を持ちすぎる」の3点と定義しました。

内田先生は”困難な成熟”の中で「ささやかだけれども、大切なこと」に対して無言で祝福を与えるような人を「大人」と感じる、と仰っています。

さらにこうも仰る。

年齢や地位にかかわらず「システム」に対して「被害者・受苦者」のポジションを無意識に先取するものを「子供」と呼ぶ。システムの不都合に際会したときに、とっさに「責任者出てこい!」という言葉が口に出るタイプの人は年齢にかかわらず「子供」である。なぜならどのような「システム」にもその機能の全部をコントロールしている「責任者」などは存在しないからである。
邪悪なものの鎮め方 P39

ここの部分は楠木先生の「世の中は全て自分の思い通りになると思っている」幼児性と共通しています。
別の本ではこうとも。

自分と価値観が違い、美意識が違い、生活習慣が違う他者を許容することのできない人が増えている。社会人としての成熟の指標の一つは他者と共生できる能力、他者と協働できる能力です。
呪いの時代 P138

「好き嫌いと良し悪しの混同」と「他者への関心」をうまく制御することが他者と共生するために必要な能力、と考えれば、お二人が仰っていることは実は根っこでは同じだと考えられると思います。


楠木先生の本はまだ一冊しか読んでいないので、今後も読み進めたいと思います。
内田先生の本に関する記事はこちらに沢山ありますので、少しでも内田先生に興味を持たれた方はぜひどうぞ。


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